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「君、また前みたいに顔が笑っているぞ」 「スミマセン」 生ビールのジョッキ二つと枝豆が運ばれてきた。 「お疲れ様です、かんぱーい」 「お疲れ様」 ジョッキをカチンと音立たせ、それぞれ口をつける。 が、松本はすぐに飲むのではなく、隣でジョッキを傾ける久也を横目で眺めていた。 骨張った手首を一周するシンプルな腕時計を袖口から覗かせ、伏し目がちに、久也は心持ち喉を反らす。 店内の熱気に乾いていた喉を仄かな麦芽の苦味で潤していく。 「ふぅ」 ジョッキをカウンターに下ろすと満足げに息をついて口元についた泡を手の甲で拭う。 惚れ直します、久也さん。 「ん? 何か言ったか?」 「いーえ、別に。いただきまーす」 運ばれてきた一品料理はどれもおいしそうだった。 湯気の漂う揚げ出し豆腐を食べていた久也の眼鏡が曇って、松本は、ふふっと笑う。 「久也さん、眼鏡」 「ああ、わかってる……」 箸置きにちゃんと揃えて茜色の箸を乗せると、皺のないハンカチを取り出して銀縁の眼鏡を外し、レンズを拭く。 僅かに疲れを引き摺る目元がやはり色っぽい。 赤みを帯びた頬が綺麗で。 冷たい手で触れれば愛しい熱で指先が溶けてしまいそうな気がした。 「……見過ぎだぞ」 松本の過剰な視線に耐えかねて久也が苦笑する。 「スミマセン」と、棒読みで謝った松本に彼はふわりと唇を緩めた。 「君とこんな風に飲むのは初めてだな」 ジョッキで冷やされた掌を火照った片頬に押し当て、熱に滲む冷たさを楽しみながら久也はゆっくりと続ける。 「本当、不思議なものだな。出会いは最悪であれだけ恨めしかったのに」 「あれは反省しています、心から」 「うん……それが今は、出会った場所からは遠く離れた、こんなところで、こんな風に二人でお酒を飲んでいる」 不思議だな。 久也は陶然とした居酒屋の雰囲気につられるように、仄かな酔いに双眸をしっとりと潤ませて、また、微笑した。

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