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「確かに君の言う通りだな」 「え、いきなり何です?」 「メールの返事を一度だってせずに、だんまりなんていう身勝手なことをして」 私は君を傷つけたんだろう? 「ああ、ちょっと前の会話に戻ったんですね」 この振舞で気づかないのかな。 久也さんから「好き」って、そう言ってもらえただけで、とっくに許してるっていうの。 ちょっと意地悪しただけなんですよ? 相変わらず真面目ですね、久也さん? 「俺、お詫びしてほしいです」 松本は内心ちょっとからかうつもりで久也に持ちかける。 胸に顔を埋めた松本の背中をぽんぽん叩きながら、久也は、聞き返した。 「お詫び、かい」 「そうです、たとえば一緒に温泉旅行とか」 「……」 「あ、ぽんぽん、やめないでください」 「あ、すまない」 「だって、デートは危険でしょ? 奥さんや知り合いに見られちゃうかもしれないし」 「……」 「だから、いっそのこと、遠出して。ついでに二泊とか」 「ついでで二泊かい」 「一泊だとあっという間じゃないですか。つまんないでしょ」 この間の出張付き添い、すごく楽しかったから。 温泉だったらきっと楽しさ二倍ですよね。 有名な観光地じゃなくて、マイナーで、ほら、ひなびたっていうんですか? しなびた、かな? 「ひなびた、だろう?」 「へぇ、そうなんですか。ま、そういうひなびた温泉街に行って、二人でぶらぶらしたり、ね」 平日だったら土日より安いですよね? せっかくだから、一日目と二日目、別々の旅館に泊まりましょう。 あ、露天風呂は必要不可欠ですよ。 ホントは部屋についてるのがベストだけど、それだときっと高くなるから、我慢しましょう。 「うん」 「下に川とか流れてたら、もう、最高ですよね」 「だけど男二人で宿泊なんて目立つだろうな」 「うーん、最近そういうの、多いみたいだし。旅館側もそんなに気にはしないと思いますよ?」 「……うん」 じゃあ兄弟のフリをしましょう。 久也兄さんって呼びます。 「全く似ていない兄弟だな」 久也がくすっと笑う。 重なっている場所から微弱な振動が伝わり、松本もくぐもった声で笑った。 「そうですね。でも、非日常的な感じで楽しさ倍増ですよ」 「ああ」 「久也さんのことだから、有休、有り余ってるでしょ?」 「そうだな」 「ぱぁっと三日間くらい、この際、とっちゃいましょう。で、奥さんには出張って言いましょう」 「……君はどうするんだい」 「俺は必修があれば代返頼みます」 「そうか」 じゃあ来月頭くらいでどうだろう。 妄想のつもりでぺらぺら語っていた松本は胸に埋めていた顔を上げる。 会話の間、ぽんぽんを続けていた久也は、まじまじと自分を見上げる顔に首を傾げてみせた。 「都合が悪かったかな」 「え、あ、う」 「どうした」 そんな驚いた顔をして。 何か変なことでも言ったかな。 全身が冷え切っていたはずの久也は仄かな熱に頬を赤く染め、照れくさそうに頼んだ。 「宿の予約は君に任せてもいいだろうか」

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