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8_温泉旅行

これって実は夢なんじゃないだろうか。 「いい湯だな」 かぽーん…… 茜色と薄紫が溶け合う空に向けて久也がぽつりと言う。 かぽーん…… 夢ならずっとこのままで、神様。 そこは自然豊かな山間に広がる温泉地。 観光スポットのメインである噴気の激しい地獄地帯がほぼ中央にあって、宿の連なる旅館街が周囲に展開されている。 至るところから湯煙漂う硫黄の匂いに包まれた観光地。 バイト代を散財して飛行機に乗り、バスを乗り継ぎ、松本はここへやってきた。 空は快晴、独特の匂いが始終するものの空気は新鮮で。 どこか懐かしさを帯びた街並みを前にして松本は思い切り背伸びをした。 「温泉なんて久し振りだ」 普段と変わらない格好にボストンバッグを持った久也は、ぽきぽき関節を鳴らす松本の隣で言う。 「硫黄の匂いが強いな」 「そうですね、なんてったって地獄がすぐそこにありますから」 「どんな地獄があるんだ?」 「久也さん、よく聞いてくれましたね」 「ん?」 「なんと鰐地獄があるそうです」 「嫌な地獄だな」 「いい地獄なんてないですよ」 のんびりした足取りで観光客が疎らなメインストリートを進む。 おみやげ屋だとか、工芸品の専門店だとか、細々した店の軒先を覗きながら当てもなく散策する。 「人が少ないな」 「やっぱり平日だし、そんなに有名じゃないんで」 「人が多いところは苦手だからな、私はこれくらいが丁度いい」 季節外れの風鈴がどこかで鳴っている。 懐かしいというか、物寂しいというか。 久也はずっと微笑を浮かべながら興味深そうに一つ一つ、店先を覗き込んでいる。 そんな彼を隣にして、松本は、思う。 これって現実なのかな。 久也さんと、こんな遠く離れた温泉地で、一緒に並んで歩いてる。

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