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今日も快晴、空はどこまでも青く晴れ渡って見上げれば目が凍みるほど。 久也はレンズの下できゅっと瞬きした。 一泊目の旅館をチェックアウトして、ビードロの美術館へと向かう途中であった。 午前十時の爽やかな風が運んでくるのは四方に広がる山林のマイナスイオンと硫黄臭。 疎らにいる観光客の視線を感じるのは気のせいか。 「おいしいですよ、黒ごまソフトクリーム」 バイキング形式の朝食をたらふく食べた松本が不思議な色合いのソフトクリームを平然とぱくついている。 彼は何も感じないのだろうか。 私が気にしすぎるのかな。 「久也さん、荷物重くないですか? 俺、持ちましょうか?」 「いや、大丈夫だ、それより……」 「はい?」 擦れ違う観光客は団体だったり、老夫婦だったり、外国人のグループだったり。 自分たちのような男の二人連れは見当たらない。 「やっぱり少し浮いているようだな」 松本は目をぱちくりさせた。 ソフトクリームを一気に平らげると、イタズラを思いついたような少年の顔をして、久也に提案してくる。 「じゃあ、あの作戦、実行しましょうか」 久也が首を傾げると松本はにんまり笑った。 「ね、久也兄さん?」 「見て見て、これ綺麗だね、兄さん」 「あ……う、うん」 「ほら、兄さんの好きなイルカがいっぱいいるよ」 「え? いや、別に私はそんなに……」 「兄さん、ここにもイルカがいる」 何だか鼓膜がくすぐったい。 吹き抜けのフロア、ステンドグラスから柔らかな日の光が降り注いで、繊細なガラス細工をより美しく見せている。 バックパックを背負った松本はショーケースの間を颯爽と行き来していた。 時に久也を呼んでは感想の同意を求め、久也が別の場所で違うものを眺めていれば不意に隣に接近して、じゃれつきながら一緒に鑑賞してくる。 本当に犬みたいだ。 ボールを投げたら喜んで拾いに行ってくれそうだな。 些細な杞憂を持て余していた久也は、ふっと肩の力を抜き、微笑した。 「ん、どうしたの?」 「なんでもない」 それにしても昨夜は久し振りにぐっすり眠った。 歯を磨いて、ベッドに横になって、目を閉じて、ふと瞼を開いたら、もう朝で。 隣のベッドでは彼がすやすやと寝ていた。 ああ、今、私は彼と一緒に旅行へ来ているんだと、今更ながら実感したのだ。 呆れられなかっただろうか。 多分、彼のことだから、いや、きっと、したかったはずだろう。 悪いことをしたな……。 だから、今夜は、ちゃんと……。 「兄さん、顔赤いよ?」 「な、なんでもない」

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