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10_お花見
■作中に歌詞が出てきます。
童謡、唱歌の「朧月夜」は著作権保護期間が終了しておりますので(パブリックドメイン状態)、今回、掲載しております
「春風そよふく~空を見れば~……」
春休み、真っ只中。
学生の松本は実家に帰省せずにバイト三昧の日々を過ごしていた。
「その曲、誰だっけ?」
バイト仲間に問われて松本は首を左右に振る。
ぼんやりする頭でつい口ずさんだ曲は、中学か高校か、音楽の教科書に載っていたものだった。
「夕月かかりて、におい淡し~……」
春って、だんだんあったかくなって、入学とか新卒就職とか、スタート地点ってかんじで、まぁお目出度い季節ではあるんだけど。
花粉症の俺としてはつらいんだよな、これが。
『松本、週末、花見どう?』
帰り道、友達からそんな誘いを電話で受け、松本は正直面倒くさい、と思った。
この時期、できる限り無駄な外出は避けたいのだ。
しかし最近お誘いを断り続けている手前、これまたパスするというのも若干気が引ける。
「ん……わがった、いぐ」
『え? なんだって?』
鼻が詰まっていて口調が濁音になりがちな松本はやっぱり断ってやろうかと「パス」なんて言いかけたものの、ぐっと抑え「行きます」と、丁寧語にして返事をしてやった。
そして週末、土曜日、黄昏時。
丁度見頃を迎えた満開の桜並木がずらりと連なる、スワンボートからの花見も可能な池を中心にして広がる公園に、マスク装備済みの松本はやってきた。
人が多い。
露店も出ていて、食欲をそそるおいしそうな匂いが漂い、見物客を巧みにおびき寄せている。
鼻詰まり中の松本にはその臨場感がいまいち伝わらなかったが。
電話で友達の居場所を確認し、とりあえず買ってきた缶ビールをレジ袋の中でがつんがつん音立たせながら、レジャーシートだらけの園内を難儀しながらも進んだ。
「おーい、ここ!」
聞き覚えのある声がして、視線を向ければ、立ち上がった友達が両手を振り回している。
松本は一息つくと、直進すればすぐ到着できるそこへ、敷き詰められたレジャーシートを練って右へ左へ、そうしてやっと友達が確保するスペースへ行き着いた。
行き着いて、松本は、眉根を寄せる。
「じゃ、遅刻してたマナー違反も来たことだし、飲み直しますか!」
見知った男友達複数と、まるで見知らぬ女子が複数。
しまった、これ、ただの花見じゃない。
お花見合コンだ。
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