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気乗りしない自己紹介を松本はマスクも外さずに及んだ。
「まづもどです、おれはいないものどおもっでください」
これでドン引きされて蚊帳の外扱いにしてくれればいい、と思った松本だが。
すでに酒が入っていた彼らは箸が転んでもゲラゲラ大笑いする有様であり、周囲の花見客にも負けない哄笑に包まれて、松本は、序盤からどっと疲れた。
この時期、鼻の通りの悪さ故、とにかくテンションの低い彼は何かと隅っこで縮こまっている。
とりあえず買ってきた缶ビールを一本開け、から揚げパックを一つ手繰り寄せ、一人でしんみりしていようと決めた。
しかしながらマスクというものはなかなか存在感を高めるアイテムでもある。
その上、弱っている、というイメージも付け足されて母性本能をくすぐる効果あり。
「まづもどくん、大丈夫?」
「風邪とか? 今日ちょっと寒いから、おでんとかあったかいもの、買ってくる?」
元が悪くない松本、思惑とは裏腹にマスクでさらに異性の関心を得てしまい、二人の女子に挟まれてしまった。
うう、勘弁してくれ。
松本は自分を招いた友達を睨んでやったが、ほろ酔いでいる友達は何をどう汲み取ったのか、ピースサインを寄越してきた。
バカだ、あいつ。
ていうかさ、桜見ようよ、桜。
派手にライトアップされてちょっと安っぽい気もするけどやっぱ綺麗だよ。
本当、どこも人でいっぱいだ。
隣は……おじさんおばさんか。
こっちは……仕事絡みかな、ネクタイしてたり、女の子いたり、中年がいたり……。
あれあれあれ?
中年の隣にいる人、そっくりじゃない?
眼鏡かけて、花見だっていうのにネクタイきっちり締めて。
満開の桜の下がよく似合ってる。
綺麗系の真面目そうな……。
「久也さん?」
松本は驚きの余りつい口に出してしまった。
両隣の女子に聞き返され、慌ててふがふがと取り繕い、華奢なペイズリー柄の肩越しにもう一度ちゃんと窺ってみる。
本物だ。
予想もしていなかった思わぬ偶然に松本のテンションはぐんと上がった。
ウソでしょ、まじかよ、夢みたい。
まさか数あるお花見スポットのチョイスがかぶって、しかも場所が隣同士になるなんて。
なんか運命の糸で繋がってるみたい……うわ、さぶい、でも本気でそう思うよ、うん。
実際は友達がここを選んだわけで、松本はセッティングに当然全く関与していなかったのだが、今の彼にはこの幸運で頭の中がいっぱいで、細かいことは容赦なく黙殺された。
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