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松本は久し振りにベッドから立ち上がると、よろけつつも何とか前に進み、玄関へ。 ドアを開くと本当に久也が立っていた。 「突然、すまない」 「……おいしそう」 「え?」 「あ、いいえ……あれ、久也さん、お仕事は?」 「もう終わった」 「終わったって、今、まだ三時くらい……あれ、暗い」 「とりあえず入っていいかい」 久也は薄暗いワンルームに上がると明かりを点け、篭もった空気にちょっと眉根を寄せ、窓を細く開いた。 何故か部屋の片隅にぼんやり突っ立っている松本に首を傾げ、彼の真ん前に立つと、額に掌を押し当てる。 「熱いぞ」 自分の額とも比べてみて、その熱さに益々眉根を寄せる。 「今、何度くらいあるんだ?」 「さぁ……体温計、ないので」 「薬は?」 「飲んで……ません」 「何か食べたか?」 「食べて……ません」 松本の額をぺちんと叩くと、久也は、上背ある彼をベッドへ促した。 背中部分がじっとりとしているシャツに無言で肩を竦める。 「多分、三十八度越してるだろうな。お粥くらいは食べられそうか?」 「……うーん」 「じゃあ、スープとかプリンなら大丈夫だろう。何か胃に入れないと」 「い?」 「胃に、な」 今から買ってくるから。 そう言って久也は鮮やかに踵を返すとワンルームを出て行った。 残された松本は、支えを失ったかのようにベッドに力なく埋もれた。 今の、久也さん? 俺のこと心配して来てくれたの? それとも、今のって、夢? 毛布に包まるでもなく、窓の隙間から冷たさの増した風が吹き込む中、相変わらずぼんやりしていたら。 いつの間にか久也がコンビニやドラッグストアのレジ袋を手にしてワンルームの中に戻っていた。 「あれ……久也さん、お仕事は?」 「……おい」 「ふふ、冗談ですよ」 久也はレジ袋をテーブルの上に下ろし、窓を閉めると、ぺちんと松本の額を叩いた。 その後、冷却シートを額に張りつけた松本は久也が買ってきてくれたプリンをもそもそ食べた。 「それを食べたら薬を飲んで、服を着替えよう。そのままでいたら体が冷えてしまう」 「はぁ」 「それにしても体温計を持っていないなんて。健康管理には必要なものだろう?」 「はぁ」 久也は苦笑した。 雑然としていたワンルームを手の届く範囲で整理し、ベッドの上でプリン一個食べるのにやたら時間のかかっている松本を眺める。 「四月、君は弱ってばかりだな」 「繊細なんです」 「五月の連休はどこか行くのかい」 「ゴールデンウィークは……久也さんと、温泉に……」 「そんな約束はしていないぞ」 風邪薬のラベルに書かれている用法を読みながら、久也は、また苦笑した。

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