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「そうだな、そうしよう」 松本の何気ない提案に久也は即答した。 食い気味ですらあった彼の回答に松本は目をパチパチさせる。 なんですか、その待ちに待っていたような反応は。 「久也さん、俺がそう言うの、待ってたでしょ」 松本に言い当てられた久也は赤面した。 意味もなく眼鏡をタオルハンカチで頻りに拭き直したり、氷ばかりのウーロン茶をストローでがさがさしたりと、そわそわ度が増す。 「水臭いですね、言ってくれたらいいのに。部屋で一緒にのんびりしよ? って」 「……だって、そんなの」 「え?」 「部屋に行きたい、だなんて……若い子が……女の子が口にする台詞だろう?」 店内の喧騒に負けてしまいそうな小さな声で、上目遣いとなって、久也は松本に言う。 「三十半ばに差し掛かる身で、そんな台詞……恥ずかしいし、照れくさい」 ああもう、この人って、どうしてこんなにも可愛いんだろう。 久也が部屋にやってくる前日、松本は普段から割りと片づけられているワンルームをさらに片づけた。 出張旅行や温泉の時のように一大イベントとなるわけでもない、特に予定のない、明日。 そんな一日がとても待ち遠しい。 松本は夕方の暮れ行く空を眺め、ガラスに写った自分のにやけ顔に気づき、失笑した。 彼の足元には大学の帰りに買ってきたあるものが紙袋に入って置かれていた。 そして翌日。 「おはよう、お邪魔するよ」 普段と同じ通勤着であるスーツを身に纏った久也が松本宅にやってきた。

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