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「おはよう、お邪魔するよ」 出勤着のスーツ姿でやってきた久也。 コンビニのレジ袋を持っていたので松本はすかさず受け取った。 「サンドイッチとか適当に買ってきた。君は、もう朝食は食べたか?」 「いえ、まだです」 「じゃあ一緒に食べよう」 「あ、スープ飲みます? コンソメ、オニオン、コーンクリーム、どれがいいですか?」 「じゃあコンソメを。部屋、この間より片付いてるな」 湯沸かし器のスイッチを入れた松本は通勤鞄を部屋の隅に下ろした久也の背後に立った。 「朝の電車、空いていたよ。久し振りに座れた」 そう言って上着を脱ぐ。 ストライプのワイシャツに包まれた細身の肩がちょっと持ち上がる、その何気ない仕草に密かにときめきながらも、松本は平静を装った。 「かけておきますね」 「ありがとう」 「で、はい、これどうぞ」 「ん?」 手渡された服に久也は首を傾げる。 「ずっとその格好だと肩凝るでしょ? お休みなんだし、こっちに着替えてリラックスしてください。ちゃんと洗ってますから」 普段、松本が着ているシャツと部屋着のズボンを受け取った久也は素直に頷くと、わざわざ洗面所へ着替えに行った。 お湯が沸き、二つのマグカップでスープを交互に溶かしていたら、ぺたぺたと足音を立てて戻ってくる。 半袖のシャツに膝丈のハーフパンツ。 なんとも涼しげな装いを松本は上から下までしつこく眺め回した。 「似合います、久也さん」 「ピンクなんて若者が着る色だろう、私は一着も持っていない」 「それ、そんなどピンクじゃないし。色白いから何だって着こなせますって」 「百貨店の従業員みたいな物言いだな」 綺麗に畳まれた出勤着を通勤鞄の横に置いて、スラックスは折ってハンガーにかけ、上着と共に窓辺にかける。 いそいそとテーブル前に座り、複数の種類があるサンドイッチと熱いスープという朝食を真ん中に、久也と向かい合う。 「いただきます」 「いただきまーす」 時刻は九時を過ぎたばかり。 時折、開かれた窓から爽やかな風が訪れる。 よく晴れた空がレースカーテン越しに覗いていた。 朝食が済むと、カップを洗い、インスタントコーヒーを淹れた。 「テレビ、点けましょうか」 「うん」 チャンネルを回せば連休中のオススメスポット、渋滞する高速道路、空港で行き先を尋ねられている旅行客など、大体どこも似たような内容を流していた。 座椅子を譲られた久也はテーブルに両肘を突いて興味深そうにテレビを眺めている。 スチールベッドに寄りかかっていた松本が四つん這いで真横にやってくると、何も言わず、背もたれから背中を浮かした。 座椅子と久也の間にもぞもぞ入り込む松本。 後ろから久也を緩く抱きしめると、肩に顎を乗せ、赤い耳たぶ越しにテレビを見た。 「人、やっぱり多いですね」 「そうだな、連休のほぼ初日だから」 久也さん、ちょっと緊張してる? そうだよね、こんな風に部屋で一日中のんびりって、今までなかったから。 慣れてなくて照れくさいのかも。 それにしても久也さんが俺の服を着ているなんて。 これ、洗濯しないでとっておこうかな……。 「天気、いいですね」 久也の緊張が少しでも解れるよう、松本は他愛ない話を振る。 「今日、あったかいし」 「そうだな」 「ぶらっと散歩くらいしてみます?」 整髪料の微かな芳香が鼻をくすぐる。 実のところ、体毛の薄い腕やふくらはぎを中高生みたいに無防備に曝した久也に初っ端から胸をくすぐられっぱなしで。 ぶっちゃけ、三十路でサーモンピンクのシャツを着こなす彼がそれはもう可愛らしくて堪らなくて。 「……今日はここにずっといたいな」 そんな台詞を恥ずかしそうに紡いだ唇を放っておけるわけがなく。 松本は久也に今日一番目のキスをした。

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