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久也用に暖めてもらったチャーハン弁当と、自分用のおにぎりとおかず、そして奮発して缶ビール二つ。
レジ袋をがさごそ言わせてアパートに到着した松本は部屋の前に立つ。
鍵をかけて出てきていたので、開けようと、ポケットの中を探っていたら。
ドアの向こうからロックを外す音が聞こえた。
「おかえり」
細く開かれた隙間に久也が覗く。
朝にさり気なくセットされていた髪はちょっと乱れていて、松本の私服であるサーモンピンクのシャツとハーフパンツを着ていて、裸足で。
午前中にセックスして、まだその余韻を少し引き摺っていて、隙のある感じが、堪らない。
松本はさも隙ありといわんばかりに久也にちゅっとキスした。
「ただいま、久也さん」
「ば、馬鹿」
慌ただしく部屋の奥へと引っ込む久也を松本は束の間いとおしげに見送った。
「おかえり」かぁ。
今の、砂糖でできた夢の中の出来事みたいでしたよ、久也さん?
缶ビールで乾杯して松本と久也はお昼を食べた。
正午を過ぎて気温がさらに増したらしく、特に何をしていなくても暑いと感じられる。
真っ昼間のアルコールが殊更喉に染み渡った。
「贅沢だな」
米粒一つ残さず綺麗にお弁当を平らげた久也は座椅子に背を預け、片膝を立てて、緩やかに缶を煽った。
陽だまりの中で裸足の爪が時々微かな光沢を帯びる。
日焼けしていない真っ白な足の甲が健康的に輝いて見える。
松本には、祝日に伸びやかに寛ぐ久也そのものを眺めるのが何とも贅沢に思えた。
遥か上空を横切る飛行機の轟音が地上に届いて、開かれた窓から穏やかな風と共に部屋の中へ訪れる。
「どこに行くのかな」
「外国とか?」
久也は床に手を突いてバルコニーから青空を見上げる。
「綺麗な飛行機雲だ」
「ホント?」
普段、飛行機雲なんて気にもかけたことがない松本は、興味を引かれて久也の上から自分も空を仰いだ。
真っ白な雲がゆったり泳ぐ眩しい青、そこに飛行機雲らしきものは見当たらない。
「嘘だよ」
松本は久也を見下ろした。
久也はビールで潤う唇を左右に引き伸ばして、悪戯っぽく、松本に笑いかけた。
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