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「ボロボロだぞ、これ」
「もう捨てちゃいます」
「そうだな」
「で、また新しいのを買ってきます、今度は白?」
「……」
「冗談ですよ」
今朝、アパートを訪れたときの姿に久也は戻っていた。
なんとも言えない表情でビリビリに破かれたストッキングを松本に手渡すと、カーテンを捲ってすっかり暮れた七時過ぎの街並みを見、小さく息をついた。
「じゃあ、帰るよ」
松本は頷いた。
部屋の片隅に置いていた通勤鞄を小脇に抱え、久也は、明かりに照らされた室内を後にしようとする。
「じゃあ、さよなら」
そう言って、松本は。
去ろうとした久也の背中に抱きついた。
ああ、あったかい。
ついさっきまであれだけ肌を重ねていた相手に、改めて、久也はそう感じた。
行き先に迷った視線を足元に落としてその温もりに束の間身を委ねる。
「お向かいの犬、撫でて帰るんですか?」
「え? ああ、あの子か。そうだな、吠えられなければ」
「今日、あっという間でしたね」
「君といる時間は大体そうだよ」
「……」
「この分だとあっという間に梅雨だろうな」
「嫌ですね」
「ああ、でも、君は」
「はい?」
「結婚式があるんだろう?」
松本は教えた覚えのない自分の予定を久也が口にしたので目を丸くした。
「俺、言いました?」
抱擁を解いて久也の顔を隣から覗き込んでみる。
口元を片手で覆って、眼差しを伏せた久也は、赤くなっていた。
「いや、その……君が昼、外へ出ていた間、ちょっと部屋の中を眺めて、招待状らしき封筒があったものだから、つい……中まで見てしまった、すまない」
「別に全然いいですけど」
「すまない」
そんな些細なことをまるで一大事のように捉えて、真面目に詫びる、赤面久也。
ああもう、どうしてそんな益々帰したくなくなる風にしちゃうかな、この人。
唇にすると勢い余ってベッドに連れ戻しかねないと危ぶんだ松本は、久也の額に、ちゅっとキスをしたのだった。
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