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13_パラレル番外編_死神久也さん
右も左も上も下も真っ白な世界。
だけど眩しいというわけではなく、落ち着いた、白。
手持ち無沙汰に突っ立っている松本の目の前には喪服に身を包んだ男がいる。
まるで白い世界にできた穴のような。
「私はこういう者だ」
名刺を差し出されて松本はおざなりな会釈と共に紙切れを受け取る。
男は不自然な振舞でぱっと手を離した。
名刺には「死神」の二文字だけが書かれていた。
「君の命をもらいにきた」
「……えっと、これは、夢とか……ですかね?」
「そう言うと思った」
肩を竦めた死神は眼鏡をかけ直すとため息一つ。
「君がどう思おうと構わないが、これは夢ではなく、君はもうじき死ぬ定めにある」
「はぁ」
「まだ若い身空で残念だが」
松本はこめかみをぽりぽり掻いた。
「ご両親に会わせてやりたいが私にその権限はない。憎んでくれてもいいぞ。少しでも君の気が晴れるのなら」
松本はやたら自分を気遣う死神を改めて見やった。
一見してさも真面目そうなリーマン風の三十路男。
細身の体に喪服がよく似合う。
綺麗に整った顔立ちは冷ややかというわけでもなく、今も真摯なる眼差しで松本を労わっている。
あれれ、この人、俺のどストライクゾーンじゃない?
「そうですね、じゃあ、キスさせてください」
「……は?」
「俺、童貞でキスしたことないんです」
「……」
「なんなら筆下ろしさせてくれません?」
「ちょ、調子に乗るんじゃない!」
真面目な死神は途端に赤面して松本を叱った。
「私は死神だ、そんな対象として見られても困る」
「死神ねぇ、鎌とか持ってないし、なんかリアリティに欠けますよね」
「余計なお世話だ」
「名刺に死神っていうのも……ぷっ」
「あ、今、笑ったのか」
「いーえ。ていうか、キスさせてください」
「まだ言うのか、それ」
近づいてくる松本に対し慌てて後退すると死神は言い放つ。
「迂闊に近寄るなっ私に触れると死を迎え入れたことになるんだぞっ」
「え、でも、俺は死ぬ定めなんでしょ?」
「それはそうだが……もうちょっと、こう、涙を誘うような劇的な最期にしたいとか思わないのか?」
「別に」
「……ドライだな」
死神は微苦笑した。
ああ、笑い方まで俺好み。
触れたら死ぬ、そういうことなら、貴方にキスして旅立つことにしますよ、死神さん?
そのとき。
やたら懐かしい黒電話の音色が鳴り響いた。
松本がきょろきょろと辺りを見回す傍ら、死神は懐から携帯電話を取り出して、通話に出る。
着信音だったらしい。
「もしもし……ああ、今、その相手の前だが……え゛っ」
死神がそれまでの彼らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。
「な、何だって……?
手違い? ミス?
隣の病室の人間……?
九十七歳のご老人……
……それは間違いないのか?」
手持ち無沙汰な松本は苦虫を噛み潰したような表情の死神を見つめる。
ああ、そういう顔も色っぽいですね。
イイトコ触ってあげたらもっとイイ顔してくれるんだろうな。
死神は携帯を切ると盛大なるため息を一つ。
「すまない、こちらの事務処理上において重大なミスがあった、君はまだ生きる定めにある、よかったな――」
「えぇぇぇぇえ」
「その反応は不謹慎だぞ、やめないか」
厳しい眼差しに見据えられて松本はすぐに謝った。
「ごめんなさい、でも、キスしたかったのに」
「……なんなんだ、君は」
「もういいですよ、俺、その九十七歳のおじいちゃんかおばあちゃんの代わりに死神さんと一緒に行きます」
「駄目だ、そんな定めは存在しない」
「んーじゃあ、俺、自殺しようかな」
死神はその発言に対しては叱らなかった。
ただ、とても悲しそうに松本をじっと見つめた。
あまりにも悲しげなその様に、向かい合っている松本も悲しい気持ちになって、思わず声を詰まらせた。
「……ごめんなさい」
やっとの思いで最初よりも感情を込めて詫びる。
死神は首を左右に振った。
ああ、もう、お別れだなんて。
松本が黙り込んで悄気ていると死神は悲しみを払い落とし、静かに、微笑した。
「その時が来たらまた私が君を迎えに行く」
「……ホントですか?」
「ああ、約束だ」
すると松本は一歩だけ死神に近づいた。
腕を差し伸べると小指を立てて傾ける。
「じゃあ指きりしてください」
「……私は君に触れられない」
「触れなくていいですから」
すると死神も一歩だけ松本に近づいた。
腕を差し伸べて小指を一本立てる。
「指きりげんまんうそついたら、」
「わざわざ歌うのか」
「針千本の~ます、」
「「指きった」」
そこで松本は目が覚めた。
大学の階段で転倒して頭を打って失神し、病院に搬送され、意識を取り戻した彼は検査の結果、何の異常もなく、たんこぶができた程度だということを無表情の医師から伝えられた。
一時寝かされていた病室から出た際に廊下の窓際で泣いている見舞い客達をちらりと見。
松本は以前と何一つ変わらない青空の広がる世界へ帰還する。
ふと、ダウンジャケットに両手を突っ込んだ松本は指先に触れた感触に首を傾げ、それを取り出してみた。
身に覚えのない、友達のイタズラと思われる、意味不明な言葉が書かれた紙切れに彼は首を傾げたのだった。
「ああ、待ってたよ、死神さん」
「君は私を忘れていただろう?」
「今、思い出しました。だからいいでしょ?」
「そうだな」
「ねぇ、死神さんの名前、教えてください」
「久也だ」
松本は久也をぎゅうっと力いっぱい抱きしめた。
「これからはずっと一緒ですよ」
ねぇ、久也さん?
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