106 / 130

14-9

「君だって勝手に私の携帯のメールアドレスをチェックしただろう」 久也さん、俺のことが心配で、俺のために来てくれたんだ。 なんだか夢みたい。 そんなに大事に思われているなんて、俺って、なんて幸せ者なんだろう。 そういえば夢を見ていたような気がする。 目覚めて、もう、内容は忘れてしまったけれど。 「そうでした、ごめんなさい」 点滴、あとどれくらいかかるのかな。 友達や阿久津に謝らないと。 事故と同じタイミングで貧血起こしたみたいだから、あいつ、びびっただろうな。 慌て様が目に浮かぶ……。 「名前で呼んだら、もう、終わりだと思っていたんだ」 とりとめのないことを考えていた松本はすぐさま思考を停止させた。 思わず体を起こそうとしたら、すかさず、久也の掌に止められる。 「まだ横になっていなさい」 終わり、なんていう不安を招くキーワードを久也が口にしたものだから松本は急に怖くなった。 何が終わりなのだろうか。 名前を呼ぶことで何が変わってしまうのだろうか、と。 「久也さん……?」 しかし不安がる松本に向けられる久也の表情は実に清々しいものだった。 病院内にアナウスが流れている。 第二内科の医者を呼び出しているようだ。 外ではすでに夕陽が広がっているのか、病室の白い壁は茜色に滲んでいた。 「久也さん、何が終わりなの?」 細い管の針先を呑んだ片腕の血管。 てっきり事故に巻き込まれたと思い込んでいた久也は「二十一歳男性の松本千紘」は貧血で運び込まれたと受付で聞かされて脱力しそうになった。 眠りにつくその姿を最初に見た瞬間、心からほっとするのと同時に、久也は決意していた。 弱っていた、愛しい彼の手を再びとって、告げる。 「私と一緒になってくれるかい、千紘君」

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!