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14-11
久也さんは離婚した。
俗に言う円満離婚というやつだ。
まぁ、久也さんが相手の出してきた条件を丸呑みした、ということ。
行政書士に依頼して、ちゃんと書面も作成したらしい。
久也さんはあまりその辺について俺に教えてくれなかった。
すべて自分一人で片をつけた。
頼ってほしい、俺ってそんな不甲斐ない?
そんな不満を抱いたこともあったけれど、よく考えてみたら、俺にできることなんて何もなかった。
むしろ俺がのこのこ出て行けば事態は悪い方向へ。
相手ともまぁそれなりの面識があった俺、もしも公の場に引き摺り出されていた場合、間違いなく極悪人の烙印を押されたはずだ。
久也さんは俺を守ってくれたのだ。
「綺麗な部屋ですね、思ってたより広いし」
「築十五年だそうだ」
「ふぅん。この辺とか初めて来ましたけど、コンビニ近いし、住みやすそうです」
「そうかな」
松本と久也は剥き出しの床にあぐらをかいてビールを飲んでいた。
先月越してきたばかりで、休みがとれずに、テーブルやラグなど家具がまだ揃っていないという。
だが段ボールは一切見当たらない。
かつての自宅から運び込まれた荷物はその日の内にあるべき場所へ収納され、段ボールはその週の資源ゴミに綺麗に纏めて出されていた。
現段階では物が少なく生活感のない綺麗な部屋に今日初めて松本は招かれた。
あっちを見たりこっちを見たりと忙しない彼に、正面にいた久也は微苦笑した。
「本当なら家具も揃えてちゃんとした内装に至ってから呼ぶつもりだった。それなのに君が来たいと駄々をこねるから」
「俺、十分待ちましたよ、久也さん?」
松本はそう言って缶ビールを床に下ろす。
そう。
十分すぎるほどに松本は待った。
茜色に染まっていた病室で久也にあの台詞を捧げられた、あの日。
あれから、今日、この日まで。
二人は一度も会っていなかった。
「一回くらい会ってもよかったんじゃないですか?」
「駄目だ」
「え~?」
「君に会うと君に甘えてしまうから」
「……甘えられたかったです」
久也は首を左右に振った。
デリバリーのピザを食べ終えて空になったケースを隅にあるキッチンへ運び、手を洗うと、同じ場所へ戻ってきて。
また首を左右に振った。
「……本当は後悔している」
シンプルな部屋着でいる久也は少年のように膝を抱くと、お風呂上がりで濡れていた前髪をくしゃりと乱した。
「君にあんなことを言って」
「えっと、それ、どういう意味です?」
「本当は今言うべきだった、それを、まだ伴侶がいる身でありながら、私は、いけしゃあしゃあと……」
ずっと気になっていたんだ。
目の前で自ら髪をぐしゃぐしゃ乱す久也に、松本は、思わず笑った。
「な、何だ、何がおかしい……!」
「いやー……真面目だなぁって」
ん、今の、何かデジャブじゃない?
かつての記憶とだぶるような既視感に松本が一瞬気をとられていたら、向かい側で久也も彼と似たような反応を示した。
「今の遣り取り、何だか覚えがあるな」
不可思議な感覚に揺れていた二人の視線が繋がる。
そして二人は唇も繋げた。
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