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14-17-最終話

その日の朝、先に目覚めたのは松本だった。 カーテンがないのでもろに日差しを浴び、ぎゅうっと眉間に深い皺を刻んで動物じみた呻き声を発する。 「ううう~ん」 「……ん」 ふと聞こえてきた、淡い、うわ言。 その瞬間に松本は覚醒した。 どうしようもなく重たかったはずの瞼を上げ、慎重に寝返りを打つと。 すぐ隣で久也が眠っていた。 皺くちゃの布団の上、仲良く毛布を分け合って、一緒に横になっていた。 ああ、なにこれ。 この幸福感、半端ないんですけど。 素っ裸の松本は殊更冷え込みの増す朝の空気にぶるっとしながらも久也の寝顔に心行くまで見惚れた。 ちゃっかりシャツと下着を身につけた久也はぐっすり眠っている。 そっと覗き込んでみれば首筋にはキスマーク。 松本はにんまりする。 外では車が行き交い、近くの保育園からは幼い笑い声が聞こえてくる、穏やかな朝。 久也さんは先月からここで一人暮らしを始めた。 だけど、いずれは。 「卒業して、仕事が決まったら、一緒に暮らしましょうね」 眠る久也にこっそり囁いて、松本は、その額に口づけようと……。 ジリリリリリリリリリリリリ 昔懐かしい目覚まし時計のベル音が穏やかな朝に突如として鳴り響いた。 その瞬間、気を取られていた松本の目の前で、ぐっすり眠っていたはずの久也の双眸がぱちりと見開かれた。 「ああ、おはよう」 あまりの目覚めのよさに呆気にとられつつも松本は何とか返事をする。 「お……おはようございます」 布団の傍らに置かれていた目覚まし時計のベルアラームをすぐさまオフにし、久也は、起き上がった。 寝そべったままの松本を見下ろしてキョトンとする。 「大学の講義はないのかい」 「えっと……今日は午後からで」 「そうか。私は仕事だ」 そう。 今日は平日、久也さんは仕事。 もっと朝のまったり感を楽しみたかったんですけど、仕方ないですね、うん……。 松本が布団で愚図っている間に久也はてきぱきと準備を進める。 顔を洗い、トーストを焼き、スクランブルエッグにベーコンといった朝の定番メニューをさっと揃える。 毛布からやっと這い出した松本が服を着、寝室からのろのろ現れると、トレイから皿が食み出し気味な二人分の朝食を床に用意した。 「すまない、食べづらくて」 「いいえ……いただきまーす」 「週末に家具を買いにいこうと思うんだが、付き合ってくれるかい」 「……もちろん付き合います」 久也さんと週末デートの約束。 松本は満面の笑みを隠さずにホットコーヒーをずずっと啜った。 のろのろトーストを食す中、先に食べ終えた久也は洗面所に立った。 興味が湧いて覗いてみるとシェーバーでヒゲを剃っていた。 「……集中できない」 鏡越しに注意されて松本は素直に引っ込んだ。 久也が作ってくれた朝食を大事に胃に仕舞って、食器を下げ、洗う。 隅に置かれたままになっていたピザケースを小さく畳んでダストボックスに捨てる。 後、なんかすることあるかな。 「ああ、ありがとう」 「いーえ……久也さん、何時に出るんですか?」 「七時五十七分だ。君は、講義が午後からなら、まだゆっくりしていてもいいが」 「え、ホント? いいんですか?」 「別に構わない」 テレビもない部屋、外から聞こえてくる些細な雑音をBGMにして久也はスーツに着替える。 壁際で興味津々にずっと眺めていた松本に彼はずっと苦笑していた。 平日の久也さんの朝はこういうカンジなのか。 今から働きに出かける久也さん、かっこいい。 もちろん働いてる久也さんもかっこいいんだろうな。 職場でバイト募集とかしてないですよね? 「じゃあ、行ってくる」 携帯で現在時刻をチェックした久也が通勤鞄を小脇に抱えたので、松本は、壁際から立ち上がった。 足裏でぺたぺたと床を鳴らして久也のすぐ後を追いかける。 「あ、糸屑」 「あ、すまない」 玄関床にきちんと揃えて置かれていた革靴。 足先を滑り込ませ、踵を慣らし、眼鏡をかけ直し、久也は松本に向き直る。 そこで松本はやっと気がついた。 「久也さん、鍵、どうしよう?」 すると久也は。 スーツのポケットから取り出したそれを松本へと掲げた。 青いイルカのキーホルダーからぶら下がった、この部屋の、もう一つの鍵。 掌に受け取ると幸福の感触がした。 「ねぇ、久也さん……?」 松本の意味ありげな呼びかけに、頬をうっすら紅潮させていた久也は、真摯に耳を傾ける。 「いってきますのちゅーは?」 「そっそんなものはしないっ!!」 end

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