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オマケ小ネター梅雨の日おうちデート2/3ー
【もしもしごっこ】
「もしもし、久也さん」
止みそうにない雨。
風も出てきたようで、窓がガタガタと音を立てて軋んでいた。
「風、強くなってきましたね。雨もずっと降ってます」
一日中雨天で薄暗く、時間帯が把握しづらい、火点し頃が曖昧になる六月の午後。
「もしもーし。久也さん、聞こえてます?」
「……ああ、聞こえてるよ、千紘君」
「風が強くなってきました」
「うん……」
「もしもーし。電波が悪いのかな」
「ふ……聞こえてるよ」
まるで電話しているかのような口振りで話しかけてくる松本に久也は笑った。
二人は同じソファにいた。
ボクサーパンツ一丁の松本が半裸で横になっている久也の背中にぎゅっと抱きついていた。
「晩ごはんはどうしようか……」
「お蕎麦でいいんじゃないですか」
「……ウチの冷蔵庫の中身をよく知っているな。昼、夜と麺物が続くが……」
「パスタとお蕎麦じゃ雰囲気違いますよ」
「……雰囲気……そうだな……」
ウトウトしている久也の高めの体温を両腕いっぱいに感じて、松本は、二人きりのひと時を心行くまで噛み締める。
「久也さん、後で俺にもマニキュア塗ってください。お揃いにしましょう」
「……うん」
「俺は手の爪にお願いします」
「……ベージュ系や透明ならまだしも……君はまだインターン生だし……TPOはわきまえないと……」
眠たそうにしながらも社会人の先輩然とした忠告を口にした久也に「じゃあ足の爪にします」とあっさり従った。
今日はお泊まりだった。
時間を気にせず、ゆっくり、のんびりできる。
でもカウントはもう始まっているわけで。
明日の別れを先走って考えると遣る瀬無くなる。
「もしもし、久也さーん」
「……もしもし、どうしたんだい、千紘君」
松本は正面を向いている久也を背後から覗き込んだ。
眼鏡を外し、瞼は閉ざされ、乱れた前髪がはらりと目許にかかっている。
うっすら開かれた唇は掠れた吐息を紡いでいた。
「久也さん、今、どこにいるんですか?」
「うん……?」
「外? おうちですか?」
一時間ほど激しい運動をし、疲れてぼんやりしていた久也は目を瞑ったまま長いため息まじりに松本に答えた。
「もしもし、今、私は千紘君の腕の中にいます……」
はぁ。
大好きにも程がありますね、久也さん?
愛情が高まるに高まった松本は半分寝惚けている久也の頬にキスをした。
頬だけじゃあ収まらず、耳朶、首筋にも。
悩ましげなうなじに軽く吸いついた。
「ッ……オイタはやめなさい」
「オイタじゃないです、本気です」
「本気って……」
重たげだった久也の瞼がやっと持ち上げられた。
「久也さん、もう一回」
飛び切りわざとらしく甘えた声色で告げれば一回り年上の恋人は呆れたように眉根を寄せた。
「さっき、あんなに……シたじゃないか」
「たったの一時間じゃないですか」
しっとりした白肌に上下の唇を密着させ、はむっと、啄む。
頸動脈辺りをゆっくり舐め上げる。
正面に回した両手でお腹を優しくなぞる。
「ん」
脈アリな反応に松本はニンマリ笑った。
調子に乗って、イージーパンツの内側に両手を忍び込ませようとしたら。
「痛いッ」
手の甲に容赦なく爪を立てられて情けない悲鳴を上げる羽目に。
爪痕がついた両手を引っ込めて擦っていたら、久也はソファから立ち上がり、ラグの上に落ちていたシャツをささっと着用して松本を毅然と見下ろした。
「一回りある年の差を考えてくれ、千紘君」
「そんな。久也さんは見た目若くて綺麗だし、オッサンなんて一度も思ったこと」
「私はれっきとしたオッサンだ」
「どこがです。自己管理に長けていてメタボからは程遠い、乳首だって薄ピンク色で可愛らしい、中の締まりだって絶品です」
「君は一体何の話をしているんだ……」
ボクサーパンツ一丁でソファの上にあぐらをかいた松本に、両腕を組んだ久也はため息をつく。
「……夜まで我慢しなさい」
ワンコ耳がついていたならばピーンと直立させそうなテンションになって松本は目を輝かせた。
「夜まで我慢します、お待ち申し上げております」
「そんな大袈裟な」
ビジネスマナーを訓練中の松本の敬語に久也はついつい吹き出したのだった。
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