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 智駿さんは車で俺を家まで連れて行ってくれた。車の中では俺の知らない洋楽が流れていて、なんとなく曲について尋ねてみたらアーティスト名を教えてくれたから、今度レンタルショップでCDを借りてみようと思った。 車の免許は俺も持っているし、運転している友達の助手席に乗ったこともあるけれど、なんとなく運転している智駿さんがかっこいいと感じた。ケーキをいじっている印象が強いから、ギャップを感じているのだろうか。 「あんまり広い部屋じゃないけど」 智駿さんの家は、ワンルームマンションの十階にあった。智駿さんが扉を開ける瞬間、俺はなぜかものすごくどきどきしていた。扉を開けると、すっきりとした玄関が出迎えてくれる。 「あがって」と促されて、俺はもだもだと靴を脱いだ。 「……!」 「ごめんね、あんまり片付いていないんだ」  部屋のなかは、思ったよりは散らかっていた。散らかっているとは言っても、使ったものが少し置きっぱなしにしてあるくらいで全然綺麗だ。智駿さんのパティシエという職業から、テレビにでてくるようなものすごくお洒落な部屋を想像していたから、随分と勝手ではあるけれどそれとのギャップを感じてしまっただけ。むしろ俺の部屋の雰囲気とそこまで変わらなくて、少しだけ親近感を覚えてしまう。 「梓乃くん、ご飯食べてないよね?」 「あ、はい」 「冷凍でよければ、食べる?」 「え、でも……」 「空きっ腹にケーキっていうのも、なんか……でしょ?」 「……たしかに」  知り合ってからまもなくて、突然家におじゃまさせてもらって……それでご飯までごちそうになることに申し訳なさを感じながらも、俺は智駿さんが冷凍食品を使っているということに驚いてしまった。パティシエなのに……なんて思ってしまって悪いけれど、意外だ。  冷凍だからすぐにご飯はでてきた。ナポリタンらしい。安っぽい容器に入ったナポリタンは、最近の冷凍食品は侮れないぞとでも言わんばかりに美味しそうな匂いを発している。俺はいただきますをして、それに手をつけはじめた。 「智駿さんって、いつも冷凍食品なんですか?」 「う~ん……七割くらい冷凍食品とかコンビニかも」 「やっぱり、一人暮らしすると料理するの大変だし……そんなもんですよね」 「いや、たぶん僕はちょっとだらしないほうだと思う」  はは、と照れたように智駿さんは笑った。  ……先ほどから、智駿さんのイメージがどんどん変わっていく。俺は完全に智駿さんのことを頭のなかで美化していて、智駿さんが俺と大きく歳の変わらない(たぶん)普通の男性だということを忘れていたのだ。ただ、幻滅したとかそんなことは絶対なくて、むしろ親しみやすさに惹かれてゆく。この部屋に入った時に俺のなかにいっぱいいっぱいにあった緊張も、少しほぐれている気がする。智駿さんと会話を交わしながらナポリタンを食べている内に、気付けば俺はきっちりとした正座を崩してあぐらをかいてしまっていた。  ナポリタンを食べ終えると、智駿さんは容器を片付けながら、俺に問う。 「ケーキだけど……すぐ食べる? それとも、少し時間を置く?」 「すぐ、食べたいです!」 「うん、わかった」  冷凍食品のパスタなんて全然量が足りないし満腹ではないというのもあったけれど、俺はすぐに智駿さんの新作を見たかった。反射的に返事をしていた。  テーブルに並んだのは、拳ほどの大きさの小さなケーキ。円柱型のそれの側面は、薄いピンクと濃いピンクが交互に層になっていて綺麗だ。上には宝石のようにきらきらとしたフルーツがのっていて、金箔が高級感を醸し出していた。デザインを重視したというだけはある、可愛らしいケーキだった。 「なんかすごい……食べるの勿体無い感じ」 「そう言ってもらえると嬉しいなあ。でも味も悪くないと思うんだ。食べてみて」  こういったケーキはどこから食べればいいのだろうといつも思う。いつもならとりあえず、ぐさりとフォークを上から突き刺すところだけれど、智駿さんがつくったものだと考えると、いかに形を崩さず綺麗に食べれるかと考え込んでしまう。俺は悩み抜いた末に、フルーツの乗っていない端の端にゆっくりとフォークを沈めていって、層になっている部分だけをすくいとる。刺した感じはスポンジというよりもムースのような感じだ。期待いっぱいにフォークを口に運べば、甘酸っぱいベリーの味ととろけるような食感が口いっぱいに広がる。 「え……美味しい」 「でしょ! 自信作なんだ」  にこ、と笑った智駿さんをみて、なんだか胸のあたりが暖かくなる。智駿さんはどんな想いでこのケーキをつくったんだろう。たぶんこのケーキは女性をターゲットにしているから、女性の笑顔を思い浮かべてつくったのだろうか。このベリーのふんわりと広がっていく味は、例えるなら恋のはじまりのようだ。 「これ、きっと食べた人は幸せになれるだろうな」 「……なんだかそう言ってもらうと照れるな」 「なんかドキドキする味がします。女の子が食べたらきっときらきら笑うんだろうな」 「今の梓乃君みたいに?」 「え?」 「梓乃君、すごくきらきらした笑顔浮かべてる。こっちがなんかドキドキするよ」  へへ、と智駿さんははにかんだ。俺はなんだか照れ臭くなって智駿さんから目を逸らす。 そんなに俺は笑っていただろうか。女の子でもない俺が、ケーキを食べてそんなにきらきらと笑ったら少し男らしさに欠けないだろうか。恥ずかしい、そう思ったけれど、智駿さんが嬉しそうだからいいかな、と思った。 「そのケーキね、梓乃くんも気付いたと思うけど女の子をターゲットにしているんだ。ケーキが好きな女の子の笑顔がみたくて。でも、梓乃くんが美味しそうに食べてくれて、なんか僕、ものすごく嬉しい。梓乃くんのためにつくった気分になっちゃったよ」 「えっ、え……」  お、俺のために……? 大げさなことを言うなあ、と思いつつ思わずどきっとしてしまった。なんだか頬のあたりが熱い。じっとこちらをみてくる智駿さんの視線に耐えられなくなって、俺はフォークを動かす。もう一度、ムースの層をすくって口に運ぶ。やっぱり美味しい。顔がにやけてしまう。  でも次第に味に集中できなくなってきた。智駿さんに見られていることが、面映ゆくて。時折感じるベリーのすっぱさに少し胸がきゅんとして。そしてちらりと覗いた智駿さんの嬉しそうな微笑みに、どきんとして。ちびちびと食べていけば、その時間がものすごく長く感じた。 「あの……すごく、美味しかったです」 「良かった。梓乃くん、なんだか本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しかったよ」 「は、はい」  にこ、と智駿さんが笑う。にやけそうになって、俺はぎゅっと唇を噛んだ。ベリーのように甘酸っぱい、恋をしているみたいだ。ケーキを食べてその美味しさにワッと溢れてきた喜びが、ドキドキとした後味に変わってゆく。だって智駿さんが本当に嬉しそうな顔をするから。 「僕の店、イートインスペースがないから、実際に自分でつくったケーキをお客さんが食べているところ、あんまり見られないんだよね。だから、すごく嬉しくて」 「そ、そうか、そうですよね」 「昔彼女に食べさせてあげたことを思い出すなあ……彼女がにこにこ笑うから、それが嬉しくてお菓子作りの勉強をがんばってしてたときのこと」 「彼女……」  あ、智駿さん彼女いたのか。今もその彼女と付き合っているのかどうかは知らないけれど、なぜか残念な気持ちになった。智駿さんがその人に恋をして、その人のためにケーキをつくっていたのだと思うとちょっと羨ましいと思ってしまった。 「あのね、梓乃くん」 「はい」 「……もしよかったら……これからも僕の家にきてこんな風にケーキを食べたりしない?」 「え……」  突然のお誘いに、俺はびっくりしてしまった。そして、あんまりにも嬉しくて固まってしまった。 「梓乃君をみていたら、自分がなんのためにあの店をはじめたのか改めてわかって……すごく元気がでるんだ」  智駿さんの、今日一番の笑顔。ぎゅ、と胸が締め付けられるような感覚を覚えた。かあっと身体が熱くなって、わけがわからなくなって……俺はろくに言葉を紡ぐこともできずに、こくこくと頷くことしかできなかった。

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