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レストランを出ると、すっかり夜の街になっていた。仕事終わりの社会人や楽しげに笑う学生が飲み屋を求めて歩いている。駅の近くとはいっても東京みたいに発展していないこの街はネオンがぎらぎらしているなんてこともなくて、どことなく寂れた光が不規則に光っているだけ。そんなに騒がしくもない、それでいて賑やかな雰囲気が俺は結構好きで、この夜の街のなかを歩くのを、いつも密かに楽しみにしていた。
今日は、智駿さんと一緒に歩く。大人の街を、彼と一緒に。なんだかふわふわ、どきどきとしてしまって心がどこかに飛んでいってしまいそうだ。街頭の光がゆらゆらと泳いでいる……そんな錯覚を覚えるくらいに、意識がどこかへいっている。
「――ねえ~、あそこいこ!」
不意に、近くを歩いていたカップルの声が耳に入る。なんとなく俺は彼らが向かったところへ視線を映して……「あ」と声をあげてしまった。彼らが向かった先は、所謂ラブホ街というもの。「休憩~円!」といった、いかにもラブホといった看板がいくつもならんでいる。光の色もそこだけピンク色で艶かしい。
「梓乃くんってああいうところいくの?」
「……はいっ⁉」
俺があんまりにもそこを見ていたからだろうか。智駿さんがとんでもないことをきいてきた。俺はぎょっとして智駿さんのほうを振り返って、ぶんぶんと顔を振る。別にラブホを否定するわけじゃないが、なんだかああいうところに行っていると答えると「遊んでいる子」と思われそうで嫌だったし……それに、智駿さんからそういった話をふられたことに驚いてしまった。どことなくふわふわとしていて穏やかな雰囲気をまとった彼。そういうことを考えていないなんて勝手に考えていたけれど……彼は、もう大人の男性だ。俺よりも年上で、きっとそういう経験だってある。こういった話をすることに抵抗を覚えるような歳ではないだろう。
「い、行かないですよ……」
「ふうん、そっか」
「はい……」
「行ってみる?」
「……え?」
きゅ、と手を掴まれた。ドキッと大げさなくらいに俺の心臓が跳ねる。
え、今智駿さん、なんて言った……? 俺がなんとか智駿さんの顔を見上げれば……智駿さんはいたずらっぽく笑っていて、その表情に俺の胸が射抜かれた。ドクッ、ドクッ、と激しく胸が高鳴って、息が苦しくなってくる。
さすがに、「ラブホに行こう」の意味がわからないなんてことはない。あそこにいくということは、「する」ということだ。えっ、エッチするの? 男同士なのに? いや、でも……
「……い、いき、ますか?」
少しだけ、思ってしまった。智駿さんになら抱かれてもいいかなって。俺は男同士の経験なんてないし、やり方もよくわからない。でも、智駿さんに押し倒されるところとか、優しく触られるところとかを想像したら、体の奥のほうが熱くなってしまった。
軽率に、思ってしまう。智駿さんに、抱かれたいって。
「じょーだんだよ! 梓乃くん!」
「……でっ! ですよね!」
でも、智駿さんはうっかり頷いてしまった俺をみて吹き出していた。そりゃ、そっか。智駿さんが俺を抱きたいなんて考えるわけがない。……というか、本当にこのままラブホになんていったら今後めんどくさいことになりそうだ。この関係が終わってしまうかもしれない。
智駿さんが冗談だと笑い飛ばしてくれてほっとした。でも、同時に少しだけ残念だな、と思った。
「……あのね、梓乃くん」
「……はい?」
智駿さんが俺の手を離して、す、と先に行ってしまう。慌ててその背中を追いかけた俺に、聞こえるか聞こえないかの声で彼は言った。
「――したくないってことじゃないんだ」
「えっ……?」
……なんだか、すごいことを言われた? 俺がびっくりして思わず大声を出すと、今度は智駿さんはぴたりと止まる。
「……今夜は梓乃くんに、僕の家に来て欲しいの」
――あ。
智駿さんの、優しい微笑み。そして照れたように細められたきらきらとした瞳。ぐ、と胸が苦しくなって、きゅんとなって。どきどきと急速に鼓動が早まって。やっと気付いた。
俺は……この人が、好きなんだ、と。
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