20 / 329

20(1)

 一人暮らしの人の家にいく、そのときはドキドキする。部屋に向かうまでの廊下はやけに靴の音が響いて、カツカツと歩いて行けば、少しずつそこに近づいていっているんだ、って実感する。  智駿さんが扉を開けて、「どうぞ」と俺を中に入れてくれた。中に入ると、智駿さんの家の匂いがしてきゅんとする。俺は智駿さんに背を向けてにやけ面を隠しながら靴を脱ごうと、前のめりになった。――そのときだ。 「……ひゃ、」  ぎゅっと後ろから智駿さんが俺を抱きしめてきた。突然のことに俺は驚いて、荷物を落としてしまう。 「……ち、はやさ……ッ」  ぐ、と顔を掴まれて振り向かされる。そして、唇を奪われた。さっきの車の中のキスとは違う、長いキス。 「んっ……ん、」  玄関先のキス。ちょっと強引なそれに、ぞくぞくしてしまう。  このまま服の中に手を突っ込まれて身体を撫で回されたりしないかな。服を剥ぎ取られたりしないかな。壁に押し付けられて、後ろから……鍵もかけないで、ハラハラしながら強引にバックで…… 「……ッ、はあ、……」  妄想に妄想を重ねていると、キスは終わってしまった。舌くらいは挿れられたかった……なんて思ってしまって、俺は自分の性欲にほとほと呆れ返る。どんだけ俺は智駿さんにいやらしいことされたいんだ。智駿さんと付き合い初めてから、俺、変態になっているような気がする。 「梓乃くん……はいって」  そっと声をかけてきた智駿さんの顔をみて、どきりとした。熱っぽい、目をしていた。あっさりとキスをやめたわりには、じりじりと熱を汲んだ瞳をしている。  ……したい、のかな。智駿さんはどうなんだろう。意味深な発言をしたり、ちょいちょいこういった熱を帯びた目をしていたり……でも、なかなか俺に手を出さない。俺はもう、智駿さんにめちゃくちゃにされたいけれど……智駿さんは、俺とそういったことをしたいのかな。  そうしたことを考えていると、部屋に入るのにも緊張する。もしかしたら、ふとした瞬間にそういったムードになるかもしれない。ディルドなんかを使ってあそこは受け入れる準備はしているけれど、いざ智駿さんとするとなるとさすがに緊張する。だって、受け身(になるか決定したわけじゃないけれど)のエッチなんてしたことがないのだから。……まあ、杞憂かもしれないけれど。 「そうだ、この前一緒に飲もうと思ったやつ」  俺が部屋にあがっていくと、智駿さんは冷蔵庫からボトルを一本取り出してきた。俺の誕生日のときに用意してもらっていたやつだ。  それをみて、あ、と俺はこっそり苦笑い。俺の誕生日の日、友達に開いてもらったパーティでお酒を飲んだ。そのとき、俺は知ったのだ。俺は酒に酔いやすい。そして、酔うと人にくっついてしまう。  付き合いたてでそんな、酔っ払った姿を見せたくない。でも、せっかく智駿さんが用意してくれたお酒を飲まないわけにもいかないし。べつにそこまで酷い酔い方でもないし、いいかな、と俺は大人しく席に着く。  智駿さんは俺の前にグラスを二つ並べて、ボトルのコルクを外し始めた。お酒は、シャンパンのようだ。誕生日のときに飲んだのは酎ハイとか、あとはノリでウイスキーとか、そういったものだったからシャンパンなんてお洒落(?)お酒は初めてだ。コルクを外したときのポン、という音がなんとも気持ちいい。智駿さんがボトルを傾けてグラスにシャンパンを注ぐ。しゅわしゅわと泡の弾ける音が耳をくすぐって、俺は「おー」なんてまぬけな声をあげた。 「じゃ、さっそく飲む?」 「はい」  ちょっとしたおつまみなんかも用意してもらって、俺たちは乾杯した。泡がきらきらと光るシャンパンの注がれたワイングラスを持つ智駿さんが、かっこいい。チン、とグラスのぶつかる音がすると、智駿さんがふっと微笑んだ。きゅんっ、としてしまって俺は笑ってそのときめきをごまかした。  ――初めて飲んだシャンパンは、大人の味がした。俺はまだワインとかの美味しさとかわからないから、このシャンパンを特別美味しいとは正直思わなかった。仄かな渋みとしゅわっとした感触が口いっぱいに広がって、うわーってなって、たぶん変な顔をした。 「飲める?」 「飲めます!」 「あはは、よかった」  智駿さんは、すっ、とグラスを傾ける。その仕草も、大人っぽくてかっこよかった。ワインの類を美味しく飲めるのはかっこいいな~、なんて思う。  今週は何があったの、とかそんな話をしながらちびちびとシャンパンを飲んでいく。そこまでアルコールがキツイとは思わなかったけれど、時間が経つにつれて顔が熱くなってきた。次第に頭がぼーとしはじめてくる。 「……あれ、梓乃くん、お酒弱かった?」 「え? 強くはないです」 「顔真っ赤だね。水でも飲む?」  早々に俺の変化に気付いた智駿さんが声をかけてくる。こんなシャンパン一杯で顔を真っ赤にしてしまうのが恥ずかしくてごまかそうとしたけれど、普通に無理だった。智駿さんは水をとってこようと席を立とうとする……が。 「?」  なぜか、俺は智駿さんの手を掴んで引き止めてしまった。水は、飲みたい。けれど、今は智駿さんに離れて欲しくない。 「智駿さん……」  俺はふわふわとする頭で智駿さんの腕にしがみつき、ぴたりとすり寄ってしまった。 「……っ、梓乃くん」  かすかに震えた、智駿さんの声が聞こえる。ちょっと迷惑だっかな、って離れたほうがいいかもと脳裏によぎったけれど、智駿さんの体温が気持ちよくて思わず智駿さんに体重をかけてしまう。 「梓乃くん?」 「んー……はい、」 「酔うとこうなるの?」 「たぶん……」 「そっか」  智駿さんが俺を軽く抱き寄せる。体勢が楽になって、気持ちいいって思った。智駿さんの背中に腕を回して胸元に頬を寄せると、はあ、とため息が聞こえてくる。 「不安だなあ」 「ふあん?」 「……こんなふうにさ、甘えられたら魔がさすこともあるでしょ。僕以外の人がそんな風になったら、って思うと不安」 「まがさす?」 「……だからね、」  智駿さんの指が俺の頭を撫ぜる。なに? と顔をあげてみれば、じっと目を覗き込まれた。 「……襲われるかもよ」

ともだちにシェアしよう!