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 白柳さんの家は、駅から少し離れたところにある閑静なところにあった。普通の、ワンルームマンション。てっきり壁に血がこびりついた地下実験場みたいな家を想像していた俺は、その綺麗な住まいに驚いてしまう。 「智駿の家とどっちが好き?」 「えっ!?」 「あいつの家、結構散らかってるだろ? 私はこう見えても綺麗好きでね、結構部屋は綺麗にしているんだ、あいつと違って」  白柳さんは飄々とキッチンに向かってケトルでお湯を沸かし、そしてお茶をいれてくれる。それをテーブルに並べると、「どうぞ」と言って俺に着席を促した。  面識はあると言っても、あの時は智駿さんを介して会話していたようなものだから、白柳さんとこうして二人で話すのは、初めて。どういった態度をとればいいのかイマイチつかめなくて俺がソワソワとしていれば、白柳さんは頬杖をついてじっと俺を見つめてきた。 「ふーん、まあ、顔はたしかに可愛いけど」 「えっ」 「でも智駿の周りに可愛い女なんてわんさかいたしなァ……顔だけであいつのこと釣れるもんじゃなさそうだし。ねえ、梓乃くん。どうやって智駿のこと落としたの?」  品定めするような目。あんまり居心地の良いものではなくて、俺は視線から逃げるように目をそらす。  どうやって落としたのか、って言われてもよくわからない。どちらかといえば俺が落ちていた、みたいな感じだからだ。どう答えればいいのかわからず口ごもっていれば、白柳さんは、はっ、と乾いた笑いを浮かべる。 「わかんないねェ、君の魅力。性格が特別いいわけでもなさそうだし、私が見る限り君はちょっと顔がいいだけの普通の大学生にしかみえないけれど」 「なっ」 「智駿ってさ、……何か聞いたかな? あいつ、今までろくに恋愛してこなかったわけだよ。そんなあいつが好きになるくらいの特別さを、君から感じなくて」  なんだか失礼なことをずけずけと言われているような気がするけれど……一応白柳さんは智駿さんの友人なわけで。突然どこの馬の骨かもわからないちんちくりんと友人が付き合ったとなればあまりいい顔をしないのも仕方ない。  俺自身、自分に魅力があるなんて思ってないから何も言い返せなくて、ムスッと黙っていれば、白柳さんが立ち上がり、俺に近づいて来る。 「正直君があまり気に食わないねェ。本当に君、智駿のこと幸せにできるの?」  あれ、と思っているうちに、世界が反転した。気付けば俺の視界には天井が映っていて、そして、白柳さんが見下ろしてきている。何が起こったのか、すぐに理解することができなかった。そして理解してからもわけがわからなくて混乱していた。  なんで、俺が白柳さんに押し倒されているのだろう。 「え、白柳さん……?」 「君、ゲイだから? 男でも抱けるイケメンが欲しかったから智駿に言いよった、とかじゃないの?」 「いや俺ゲイじゃないですし、そんなんで智駿さん好きになったんじゃ……!」 「どうだか。大学生なんてヤることしか考えてないでしょ」  ひどく屈辱的なことを言われている、というのは俺でもわかる。白柳さんは明らかに俺に敵意を持っていた。たぶん、こんな彼でも智駿さんは大切な友人で、そんな智駿さんが初めてちゃんと好きになった人がちゃらんぽらんだったら嫌だと思っているんだろう。  でも、俺は智駿さんのことを本気で好きだから、そんな風に疑われたらイラッときてしまう。たしかに俺の外見とかの雰囲気はそこらへんのしょぼい大学生かもしれないし、スペック的には全然智駿さんに相応しくないかもしれないけれど。 「俺は! 本当に、智駿さんのことを愛しています……!」  俺は自分の智駿さんへの恋心には絶対的な自信があるから、たとえ智駿さんの友達の白柳さんに何を言われようと自分から離れるつもりはない。だから、白柳さんをじっと睨みつけてそう言ってやれば、白柳さんの瞳がすうっと細められる。 「可愛くないねェ、君。君みたいな子供が愛を語るとか笑うしかないね」 「う、うるさい、確かに俺は子供ですけど、本当に智駿さんのことが好きです!」 「体の相性がいいから勘違いしているだけじゃないの? たとえばさ、」 「わっ……」  白柳さんが俺の両手首をひとまとめにして掴んで、床に押さえつける。そして、俺のズボンを脱がし始めた。  なんで!? って俺がびっくり仰天して固まっていれば、白柳さんは自分の指を一舐めして、ゆっくりとその手を太ももに這わせてくる。予想外の白柳さんの行動に動けないでいた俺だけれど、さすがにその辺りを触られたら抵抗感がわっと湧いてくるもので、脚をばたつかせようとしたけれど―― 「あっ……!」  ぐりっと穴のいりぐちを刺激されて、腰の力が抜けてしまった。ぐりっ、ぐりっ、と何度もソコを弄られてビクビクとしてしまって、声が出ないように歯をくいしばっていれば、白柳さんが俺の耳元に唇を寄せてくる。 「私にたくさんイかされたら、俺のことを好きになるんじゃない?」  ぞわっと肌が粟立った。そしてその瞬間にそこに指を突っ込まれた。白柳さんの指は俺のなかを弄ってどんどん奥へ入り込んでくる。医者だからかなんだか知らないけれど、言動の割には白柳さんの手つきは穏やかだ。痛みはなく、そのまま俺の感じるところを探り当てられて…… 「んっ……あぁっ……!」 「ふうん、ここか」 「やっ……あぅっ……」  そこを、ごりごりと刺激され始めた。 「すっかり男を知っているねェ、梓乃くんのここ」  ビクンッ、ビクンッ、と震える俺の腰。ぎゅうぎゅうと白柳さんの指を締め付ける俺のなか。感じたくなんてないのにあまりにも的確な責めに俺の身体は屈してしまっていて、さっきから下腹部のきゅんきゅんが止まらない。前立腺を焦らすように指の腹でくるくると撫でていたかと思えばぐぐっと押し込んできて。緩急をつけながらしつこくしつこくそこを責められ続ける。 「んっ、んっ、んっ」 「肌が火照ってきて、息があがっているみたいだね。感じている証拠だ。腰もこんなに揺らして……もっと欲しいのかな?」 「んーっ……!」  自分の肩口の服の布を噛んで、声を出さないように必死にくいしばった。すっかり布は唾液でべたべたになってしまっているけれど、こうしていないと恥ずかしい声を白柳さんに聞かれてしまう。感じているときの声は、智駿さん以外には聞かせたくないのに。 「そんなに感じているなら、声を出していいんだよ。ここもこんなに濡らして……」 「んんっ……」  白柳さんがどんどん刺激を強めてくる。そして、口で俺のシャツの裾を噛んで、シャツをたくしあげてきた。すっかりツンと勃った乳首が空気に触れて震えれば、それをぱくりと咥えられる。ちゅーっと吸われるとそれに合わせて胸がぐぐぐっと勝手にのけぞっていった。 「んー……ふっ……んんっ……」  くちゅくちゅっ、と抜き差しの音が湿り気を帯びてくる。俺の息もどんどんあがっていって、視界も潤んできた。絶対にこの人にイかされたくない……そう思えば思うほど身体に快楽が蓄積していって、苦しい。  ちか、と視界が白む。もう、だめだ……そう思った瞬間、手が解放された。白柳さんはさっきまで手を掴んでいた手で俺の顎を持って、服を噛むのを止めさせてきた。ぐいっと首の向きを変えられて、思わず口を開けてしまって…… 「だめっ……あぁッ……!」  それと同時に、イッてしまった。ビクビクッ、と身体が震えてのけぞって、チンコからぴゅっと精液が飛び出す。  ぱたた、と飛び出たそれが自分の胸にかかって、なんだか屈辱的な気分になった。嫌だ嫌だ、って思っていたって、結局イかされちゃったんだ、って。悔しくて悔しくて、嗚咽がこみあげてくる。イッた余韻で身体が火照って息が上がって、そんな中、……涙が溢れてきた。 「ちはやさん、……」  白柳さんが俺の顔を覗き込むように、ぐっと覆いかぶさってくる。今度は何をされるの、って、怖くなって俺は白柳さんから必死に顔を逸らした。するりと胸元に手が這ってきて、乳首をきゅって摘まれて「んんっ……」なんて情けない声が漏れる。泣きながら感じてる声を出してしまって、もう心と身体がバラバラになってものすごく不快だった。 「……ところてんまでしちゃって、こんなに感じているのに……嫌なんだ?」 「あっ……んっ……や、やだ……やだ……」  顔を近づけられる。頬に唇を寄せられて、キスだけは嫌だって思ってふるふると首を振れば、白柳さんが微かに笑った。 「……可愛くないクソガキだと思ったけれど、まあ……悪くない顔をするもんだ」 「や、だ……ちはやさん、……ちはやさんだけが、いい……」  誰に言うわけでもなく。それでも懇願するように、智駿さんの名前を呼んだ。 「……」  白柳さんは情けなく泣き続ける俺を、じっと見つめてきていた。もう触ってこないだろうか、解放してくれるだろうか……逃げる気力はなくて俺が白柳さんの行動を待っていれば、白柳さんはどことなく憂鬱そうにため息をつく。 「……参ったな」 「……?」 「……智駿が好きになるのも、わかるような気がしたわ」  ゆっくり、顔をあげて白柳さんを窺い見れば……白柳さんは困ったような顔をして、ぼりぼりと頭をかいていた。こんなことをやっておいて、困っているのはこっちなんですけど……って文句を言いたい所だけれど、この人に無駄口をたたいたらまた何かをされそうだ。  黙っていれば、白柳さんが俺を抱き起こしてくる。そして、またじっと俺の顔をみて、悪い顔をした。 「……ほんと、参った」 「……何が、ですか……」 「――私も、君が欲しくなっちゃってね」 ――はい?  俺が白柳さんの言葉にフリーズしてしまう。君が欲しい? これは、単純に考えれば、俺が好きってこと? さっきまで可愛くないだのクソガキだの言ってたのに、なんで? あんまりにも脈絡がなさすぎて、わけがわからなかった。 「あんなにね、可愛い反応するくせにばかみたいに智駿のことばっかり想っちゃってさ……こっちみろよって思ったりしちゃうよね」 「い、いやいや、俺は智駿さんのものなんだからあたりまえでしょ」 「そういう淑女みたいな反応されると燃えるねェ」 「ひ、ひい……」  この人、やっぱりなんか危ない。ようやく体の熱が引いてきて動けるようになったから、白柳さんを押しのけて部屋の隅に逃げてみる。 「小動物みたいだね、捕獲したくなるなァ」 「く、くるな!」  まさに俺は蛇に睨まれた蛙状態。獣に追い詰められた兎さん。ヤバイ雰囲気を醸し出す白柳さんの視線に怯えてがたがたと震えて、丸くなることしかできない。 「し、白柳さんは、智駿さんが俺を好きなのが気に食わなかったんでしょう、ち、智駿さんのことを想ってさっきみたいなことをしたんでしょう、それなのになんで智駿さんのものを奪おうとするんですか! 友達でしょう!」 「……だから、参ったって言ってんじゃん。予想外に可愛いもんで心奪われちまった」 「だ、だめだめ! 友達の恋人奪ったりしちゃ、だめ!」 「だーいじょうぶ! 私達昔っから女の奪い合いとかしてるしさ! 友達っていうか悪友? あいつのもので欲しいと思ったら、遠慮なくいただきます」 「そんな友情くそくらえ!」  やばい、本気だ。  なんで俺なんだ、ホモってそんなにいるもんなの? 最近彰人にまで襲われたし……わけがわからない。  逃げようにも今この家を出てもいくあてがない。「ほんと来ないで!」って言えば「今日はもう遅いし手をださないよ」って言われたから、なんとなく安心した――けれど、これは、今度また手を出されるということだろうか。  どうしてこんなことに。これから俺、どうしよう。

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