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「――今、僕は忙しいんだけど、なんのようかな、白柳」  早朝の8時(俺にとっては充分早朝だ)。学校に行く前に、俺は開店前のブランシュネージュに来ていた。白柳さんに引っ張られて、だ。店からでてきた智駿さんは、俺が白柳さんと一緒にいて何かを察したのか、大層不機嫌そうに笑っていた。 ……こんな智駿さん、初めてだぞ。こ、怖い……。 「いやあ、智駿。朝から悪いね。梓乃くん私にくれない?」 「断る」 「そんなこと言わずにさ! なあ!」 「今僕は忙しいんだ、帰れ」  まるでタバコ一本くれよ、みたいなノリで白柳さんは智駿さんに俺をくれなんて言っている。智駿さんはそんな白柳さんにも、そしてなぜか朝から彼と一緒にいる俺にも苛立っているのか、さっきから口元が引きつっている。俺は昨夜のことと――ついでに彰人とのことが申し訳なさすぎて、智駿さんと目が合わせられない。 「この子があんなにエロ可愛いなんて思わなかったわ、それなのに振る舞いは純情っていうかさ。ね、智駿さん、私にこの子頂戴」 「……なんで白柳が梓乃くんのそんな姿知ってるの」 「んー? 昨日ヤったから?」 「――ちょ」  智駿さんの目の色が変わったのをみて、俺は焦る。そんな誤解されるようなことを言うなって白柳さんを怒鳴りたくなったけれど、智駿さんの雰囲気に気圧されて言葉が出てこない。  俺が口をぱくぱくさせていれば、智駿さんがじろりと俺を睨んでくる。顔は、笑顔のまま。とんでもなく、恐ろしい。 「……それ、本当? 梓乃くん」 「ち、ちがう! む、無理やり! 合意のうえじゃない! それに最後までしてない! ほんと、ちがいます!」 「ふうん、とりあえずさ、梓乃くん。今日の夜、会おうか。白柳は帰れ」  違う違う、浮気じゃない、って俺は首を振ったけれど、智駿さんは相当怒っている。やばい、俺も悪かったけれどこれで別れを切り出されたらどうしよう……なんて俺が不安になっているなか白柳さんはからからと笑っている。ナチュラルに「殺す……」なんて物騒な言葉を言いそうになったのは初めてだ。 「ほー? 今日は梓乃くんオシオキされちゃうかなー? 私も負けてられないかなー、梓乃くんのことおもいっきり責めて私のものにしなきゃ」  ふざけたことを抜かす白柳さんに引っ張られながら、俺は店を出て行くことになる。智駿さんは笑いながら手を振っているけれど……これは、たぶん誤解が解けていないような。 「ま、待って……! 智駿さん、俺本当に、違いますから! 俺は智駿さん一筋ですから!」 「うん、じゃあまたあとでね、梓乃くん。言い訳は夜たっぷり聞かせてね」 「ち、違うー! 智駿さん、信じてー!」  ずるずると引きずられて、そのままブランシュネージュから出てしまった。「いやー、怖かったなあ、智駿」なんて言っている白柳さんを殴らずにすんだ自分を褒め称えたい。  とりあえず、今日の夜が、怖い。

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