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「あー……本当に濡れてるじゃん、彰人。ごめんね」  学校に着くなり梓乃はハンカチで俺の濡れた髪やらを拭いてくれた。傘にいれた側の半身が濡れるってそれはイケメンの証拠だし気にするなって俺は思うんだけど、梓乃は本気で申し訳ないと思っているらしい。俺に向かい合って、近くに寄ってきて、丁寧に髪を拭いてくれる。 「……、」  こいつ、いい匂いがするな。まず、そう思った。最近、梓乃の匂いが変わってきている気がする。もともと梓乃は、俺と違って香水とかつけているわけではなくて所謂その家々の匂いってやつがしていたけれど、最近はなんか違う。いや、匂い自体は変わっていないけれど、妙にその匂いが、甘ったるく感じる。  そして、次に思ったのは。俺の髪を拭こうとおまえが手を伸ばしたそのときに、「見えた」ぞ、と。服の襟のあたりの布がずれて見えた肌に、紅い痕がついていた。 「……大丈夫だって、すぐ乾くし。講堂無駄に暑いしさ」  思わず、その痕から目をそらす。 ――梓乃は、何に対してもあっさりしている奴だ。対人関係もあっさり、恋愛に対してもあっさり。そんなわけで究極の草食系オーラをまとっていて、おかげで顔はいいのにあまりモテない。そんな奴だから、こうして突然、すさまじい恋しているオーラをだされると、戸惑ってしまう。しかも、どちらかと言えば愛しているよりは愛されているオーラ。愛されまくってすごく幸せです、みたいなオーラを最近のこいつはだしている。  まさか、男と付き合っているとは思わなかった。しかも、抱かれる側。ちょっとイタズラしたときのあの反応は正直可愛くて、思い出すと興奮する。……興奮するだけだ。性欲と恋愛は俺の中でイコールじゃない。俺の下で喘がせてみたいなあ、って思うのも、性欲からくるものであって梓乃が好きなわけじゃない。梓乃の肌についている痕を直視できなかったのは、嫉妬するからというよりは、友人のあからさまな「抱かれています」の証をみるのが気まずいからだ。 「あくびめっちゃしてんじゃん。寝てないの?」 「あー、いや、昨日ちょっと遅くまで起きてて」  講堂に入って席について、教授がくるのを待つ。隣に座ってとろんと眠そうにしている梓乃は、あらかた昨日も抱かれていたに違いない。  印象、違うな。そう思う。  草しか食べていなそうな、エッチとは無縁そうなこいつ。まあ、それなりに彼女はいただろうけれど、さっぱりとしたお付き合いをしていそうだ。大学に入学した頃から一緒にいて、ここでイメージが変わってしまった。俺の前でもこんなに甘ったるい雰囲気を醸し出しているなら、その恋人の前ではどんな顔をしているのだろう。俺がここまで一緒にいて何も知らなかったように、これまた全く知らない顔をその人にみせているのだろうか。  少し、羨ましいと、思う。

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