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 やたらと具合が悪かったのは、気力の問題だったのかもしれない。梓乃が来た途端に、大分体が楽になった気がする。  梓乃が作ってくれたのは、七草粥と卵酒という、大学生らしくなさ全開の料理。実家暮らしをしているとこういうものが作れるようになるのだろうか……と驚きながらも口を付けてみれば、疲労した体に染み渡る非常に美味しいものだった。食べ終わるころには体がぽかぽかとしてきて、気持よくなってくる。 「梓乃ちゃーん好きー!」 「んー、はいはい」  体が暖かくなってきて気分も良くなってきて。隣に座っていた梓乃に抱きつけば、梓乃は困ったように笑った。 ――梓乃の隣は、居心地が良い。前々から思っていたことだけれど、今はそれを強く感じている。気をつかわなくていい、波長が合う……だから、隣は居心地がいい。そして、それ以上に今感じているのは、梓乃が隣にいると幸福感に満たされる、ということ。細身だけれど温かい体、ほんのりとしたいい匂い、微かな吐息と耳触りの良い声。全てが俺にマッチする。疲れて枯れた心が水を吸ったように潤って、満たされる。  ただ――どうにも。 「……ちょっと、彰人」  梓乃のそばにいると、ムラムラとしてきてしまう。この前と一緒だ。梓乃から漂ってくる妙な色変にあてられて、理性がじりじりと削られてゆく。梓乃の腰に回していた手を、うっかり服の中にいれてしまえば梓乃は怒ったようにその手を払ってきた。 「んー、なあに、梓乃ちゃん」 「風邪、ひいてるんでしょ。大人しく寝ろ」 「うん、ちょっと待って」  やばい、というのはわかっている。また、この前みたいに梓乃を襲ってしまう。あんまりイタズラばかりしていればそのうち梓乃との関係が崩壊してしまうとわかっているから、これ以上はいけないとわかっているのに――梓乃の肌から溶け出す熱が心地よくて、もっと先に進みたいと思ってしまう。 「あっ……だめだって、彰人……」  ぐっと胸のところまで手を突っ込んで、首筋に唇を寄せて。そうすれば身体を震わせた梓乃を可愛いと感じてしまうのは――どういった感情なんだろう。可愛い、可愛い……そう思う度に心臓がドキドキといって、おかしくなりそうになる。ただの性欲というには……いささか熱のある感情。 「だ、め……」 「そういう反応するから、梓乃ちゃんは可愛いんだよ」  梓乃に対して感じていた愛おしさに、何か変化が現れている気がする。そばにいたい、隣にいて欲しい……それだけでは物足りないと思ってしまう、この感情。 「えっ……」  そしてそれは、現れた。ぐっと梓乃の服をめくり上げたときに見えた「ソレ」に対して――すさまじいほどの不快感を、覚えた。 「あっ……待って、彰人……!」  梓乃の身体に大量に散る、鬱血痕。首筋に少しついていたのは以前見たが、全身に、こんなに大量についているとは夢にも思わなかった。俺にソレをみられた梓乃は恥ずかしそうに顔を赤らめて、震えている。 「だ、め……」 「……ずいぶんと、愛されてますねー」  こんな、感情は初めてだ。胸のあたりでぐるぐるとドス黒い靄が渦巻く、この不快な感情。梓乃はこの痕をつけられていると時にどんな顔をソイツにみせていたんだろう、この痕をつけられて何を思ったんだろう。ソイツに脚の間に顔を埋められて、うっとりとした顔でソイツの名前を呼んでいたのだろうか、嬉しそうに甘い声をあげていたのだろうか。 「……、」  ああ、これ、嫉妬ってやつだ。ソイツが、俺の知らない梓乃の顔を知っているのが憎たらしい。梓乃が、ソイツに俺の知らない顔を見せているのが憎たらしい。  嫌な……ものすごく嫌な感じで、俺は自分のなかにある想いの正体に気付く。俺は……俺は、梓乃のことが好きなんだ。梓乃が蕩けた姿を見せるソイツが俺だったらいいのにって思ってしまうこの感情は、間違いなく恋心。 「彰人……?」  梓乃が怯えた目で俺を見てくる。そんなに嫌なら、殴ってでも俺から逃げればいいのに、それをしない。梓乃は優しすぎた、くだらないほどに優しくて、拒絶を苦手としていた。 「……梓乃ちゃーん、こんなに痕つけられちゃったらさ、海とかいけなくない?」 「へ……」 「だめだろー! 今年海いこうっていってたじゃん!」  ……恋心って、厄介なやつだ。これなら性欲のままに生きるサルになりたかった。 「ちゃんと彼氏サンに言っておけよな、痕はつけちゃだめーっ、て」 「う……うん……」  梓乃の身体に脱がせた服を被せてやると、梓乃は戸惑ったような、安心したような顔をして俺を見つめる。そりゃそうだ、俺の行動は支離滅裂。服を剥いで、そこまでして襲わない。  俺自身、自分の気持ちに整理がついていなかった。恋心を自覚した瞬間に失恋したわけだ。 「あっ……ちょっ、なに?」 「……ううん」  でも、この失恋を俺はそこまで苦しいとは思わなかった。まあ、梓乃のことを抱いているらしい彼氏のことを考えると羨ましくてしょうがないけれど、一瞬で終わったこの恋を無意味とは思わない。 「梓乃ちゃん」 「ん……?」 「ありがと」 「……うん?」  梓乃を抱きしめて、梓乃の匂いを感じるとドキドキした。このすべやかな肌にもっと触れたいと思った。……そんな劣情を心の奥に押し込めて、目を閉じる。  こうしてただ触れ合って、悶々とした想いを自分の中だけで消化して。これは、片想いをした哀しい人だけが味わう辛苦だろう。でも俺はその辛苦すらも、幸福に思った。  人を好きになることを避けて動きを止めた心臓が、再び動き出した。そのきっかけをくれたのが、この恋だから。 「……梓乃ちゃんの友達になれて、よかった」 「……あの、恥ずかしいんだけど……」 「風邪で弱ってる俺は素直なの~」  ほんの少し切ない後味すらも、きらきらと光ってみえた。

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