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「……ちょっとォ」 「なに」 「なんでついてくるわけ」 「いや、僕も帰る道こっちだから」  母親に、帰りに「たからばこ」という洋菓子店でケーキを買ってこいと言われていた俺は、いつもと違う道を自転車で走っていた。そうすれば、智駿も俺の横を走ってくる。高校生活二年間、智駿と一緒に帰ったことなんて数えるくらいしかない。その少ない一緒に帰ったときだって、他に誰かがいたわけでふたりきりではなかった。だからこうして二人で自転車を漕ぐことに違和感しか覚えなかった俺は、いったいどんな顔をすればいいのかもわからず微妙な気持ちで走っていた。  「たからばこ」は俺からみて隣町にある商店街に存在する、ひっそりとした店。小さな店ではあるけれど、この田舎では洋菓子店自体が珍しくて、ケーキを買うといえば「たからばこ」という人もそれなりにいた。俺はそんなにケーキが好きではなかったから、コンビニだろうがスーパーだろうが、そしてこうした個人経営の店だろうが、ケーキの味の違いはわからなかったが。 「え、何、ここに用事あるの?」 「そうだけど? え? 智駿も?」 「……まあ、そうだけど……」  「たからばこ」にたどり着くと、なんと智駿も自転車から降りて店の近くに停めた。智駿は訝しげに俺をちらちらと見ているが、この店に似合っていないのは智駿も一緒だ。万年クールビズの智駿がケーキを買うなんて想像がつかない。まあ女子がみたら「素敵!」なんて言って色めくのだろうが。  「たからばこ」の扉は、昔ながらのガラスの引き戸。開けるのに少し力のいるその扉を開けると、ガラガラと勢い良く音がして、甘い匂いがふわっとなかから溢れてくる。ショーケースはデパートなんかにあるキラキラとしているものではなく、ガラスには傷も結構ついていて古いもの。ケーキのデザインは決して派手ではなく素朴なもので、サイズも小さめだ。店員さんはバックヤードに下がってしまっているのか表にでていなくて、レジのあたりにある呼び出しベルを押せばでてくるといったところだろう。  田舎の個人経営の洋菓子店独特の雰囲気な、「たからばこ」。地域の人たちから長年親しまれている店らしい。 「母ちゃん、ここのショートケーキは美味しいって言っててさ、買ってこいって」 「ああ、ショートケーキはたからばこの看板商品だからね」 「へー、そうなんだ?」 「一番初めに出来た商品らしいよ」 「……智駿詳しいな?」  なぜか「たからばこ」について詳しい智駿は、ちらちらと店の奥を伺っていた。そして、俺たちの話し声に気付いたのか店の奥から店員がやってきて……そうすると、智駿の表情が一気に和らぐ。 「おお、智駿……いらっしゃい。今日はお友達が一緒なのかい」 「こんにちは、おじいちゃん。ああ……こいつは友達っていうか、たまたま行き先が同じだから一緒に来ただけで……」 ――おじいちゃん!?  現れたのは、よぼよぼと歩く老人。智駿を見るなりにっこりと笑った彼は、どうやら智駿の祖父のようだ。洋菓子店らしさはない、私服にエプロンといった姿で、それがなんともこの「たからばこ」らしい。体の調子が特別悪そうにはみえないが、彼がこのケーキを作っているのかと思うと驚いてしまう。  俺があんまりにも彼と智駿をじろじろと見比べていたからだろうか、智駿はしょうがないといったふうにため息をついた。 「……僕は、学校が終わったらいつもここでおじいちゃんの手伝いをしているんだよ」 「……へ、へえ……」  聞くところによれば――彼・馨さんは最近は高齢のため一人で作業をするのが苦しくなってきたらしい。智駿は、そんな彼のもとに5年くらい前からお手伝いとして通っているのだという。付き合いが悪いのもそのせいのようだ。  もちろん、それは馨さんや親から頼まれたことではなくて、智駿が自らやっていること。そりゃあそうだ。俺だって、ボランティア精神で放課後の時間をすべて手伝いになんてまわしたくない。本人の「やりたい」という意思がなければ、そんなことはできないだろう。  智駿が製菓の専門学校にいくのは、今までここで手伝いをしてきたことに由来しているのだろうか。というより、あの智駿が5年間も同じ店に通い詰めて手伝いをしていたということに驚きだ。 ――いや、そんなことはどうでもいい。  智駿は所詮腐れ縁の仲であって、奴が本当はどんな人間なのかとか普段何を思っているのかとか……そんなこと、俺には関係ない。初めてみた智駿の一面に少し奴のことが気になってしまったけれど、これ以上突っ込んでも意味がない。 「えーと、ショートケーキ4つください」  さっさとこの店から出ていこうとケーキを注文すれば、馨さんがやわらかな笑みを浮かべる。その横で、ケーキの箱詰めを始めようと屈んで、俺から見てショーケースで顔が隠れるようになったときに、嬉しそうにしていたのが、妙に印象的だった。

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