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夕食は、大広間で食べることになっていた。時間が来たら大広間に行って、指定された席で食べるというシステムだ。  俺たちはそれなりの時間に行ったけれど、すでに大広間は他の客で賑わっていた。平日ということもあってか家族連れはほとんどなくて、カップルとか友達同士で来ている人がほとんど。みんな思い思いに楽しんでいるんだなあって感じで、大広間は笑顔に溢れている。 「わっ……すごいですね」  食卓には、豪華な御膳が用意されていた。こういうときでないと食べないような、立派な食事だ。季節の海の幸とか山菜のてんぷらとか、体にも優しそうでそしてとにかく美味しそう。  席について、智駿さんと向かい合う。ごはんのときでも気になってしまうくらいにお風呂上がりで浴衣を着た智駿さんは色っぽい。でも今は食事に集中しようって俺はふるふると首を振る。 「すごい、美味しそう」 「ほんとですね!」  いただきますをして、箸を手に取る。……手に取ったのはいいけれど、こういう食事って何から手をつけたらいいのかわからない。ついでに言うと、久々の智駿さんとの外食でちょっと緊張もしている。こうして外で、智駿さんと向かい合って豪華な料理を前にして。……なんだか、付き合う前にしたデートを思い出した。あのころのドキドキを思い出してさらにどうやってこの料理を食べたらいいのかわからなくなって、俺はおろおろと手を宙で漂わせてしまう。 「……なんか、懐かしい感じがするね。梓乃くんと外で食べるの」 「……へ?」 「付き合う前のころを思い出すなあって。あのデートが懐かしい。すっごく、甘酸っぱい気持ちでいっぱいだったんだよね、あのデート」 「……!」  智駿さんの言葉に、俺はぱっと顔をあげてにやけてしまう。だって、智駿さん、俺と同じことを考えていた。 「お、俺も……今、それ考えていました! 外で食べるの、あのデート思い出すなあって!」 「ほんと? すごい、偶然だね」  嬉しい。同じことを考えていたなんて。ああ、なんだか、なんだか、本当に恋人なんだなぁって思う。 「結構ね、あのデート、僕緊張してたんだよ」 「え? 嘘だ~」 「いやいや、ほんとだって。だってさ、男同士でしょ。付き合えるとは思ってなかったし」 「思ってなかったのに、付き合う前にキスしたんですか?」 「はは、よく覚えてるね。うーん、梓乃くんは男の子だしたぶん付き合えないし、仲良くなれたらなぁくらいに思ってたんだけど……なんというか、可愛すぎて衝動的にキスしちゃったよね。ごめんね?」 「い、いえ……う、嬉しかったです、あのキス……あの……な、なんか……思い出してドキドキしてきちゃいました」 「……やっぱり梓乃くん可愛いなぁ」  智駿さんが笑って、俺を見つめる。  あのときの。智駿さんと付き合う前のドキドキは、本当にすごかった。もちろん今も、智駿さんをみるたびにドキドキきゅんきゅんしているけれど、それとは違うドキドキ。智駿さんのひとつひとつの動作にどぎまぎして、ちょっと距離が縮めば奇跡みたいだなんて思っちゃったりして。ウブに恋をしていたあの頃が、懐かしい。  ほんのちょっと前だけど遠い昔のことのような、あの頃の話をしながら料理を口に運んでいった。旅館の料理って、見た目は華やかなのに優しい味がする。体に染みていく、って感じ。正直、こういった料理でもありがたみなんてあまり感じたことがなかった。俺は男だし、ガッツリ油を使ったようなスタミナのつく料理が好きだったりして、たぶん昔はこうした料理を出されても特別喜ばなかったと思う。でも、今こうして香り豊かな山菜とか上品な味付けの暖かい炊き込みごはんとか、味わい深いお刺身とか。そういったものがものすごく美味しく感じて、それはたぶん智駿さんと一緒にいるからなのかなって思った。智駿さんと一緒に胸がいっぱいに満たされる日々を過ごして、感受性も豊かになったんだと思う。些細なことでも幸せに感じられる。 「智駿さん、すごく美味しいですね」 「うん、本当に」  美味しさを共有できるのも、幸せだ。小さな会話のひとつひとつが、俺を満たしていく。ふとした瞬間にこうして幸せを感じると、智駿さんに恋をしてよかったな、って、そう思うんだ。

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