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「わ、わー……」
ご飯を食べ終えて部屋に戻って、俺は思わず声をあげてしまった。そこそこ広い和室のこの部屋の真ん中に、布団が二組。旅館ということで仲居さんが俺たちがご飯を食べている間に敷いてくれたんだろうけれど……こうしてみるとすごくドキッとしてしまう。
「え、えーと……」
「……まだ夜も更けていないし……のんびりしようか」
「は、はい」
さあ、ヤってください!みたいな雰囲気に、さすがに智駿さんも照れを感じたらしい。少し顔を赤らめて、部屋の奥に追いやられたテーブルの前に腰掛ける。
「ま、まあ……せっかくの旅館だし。お酒でも飲もうか! 月も綺麗だしね」
智駿さんはそう言って、いつのまにやら準備していた日本酒をテーブルの上に置いた。俺はこの何とも言えない気まずさをごまかすように智駿さんのもとに走り寄っていく。
部屋に元から準備されてあったお猪口を二つ並べて、智駿さんがそこに日本酒をついでゆく。俺はその様子をじっと眺めていた。日本酒の香りがふわっと鼻を掠めて、それだけで頭がぽーっとする。実は俺は、日本酒を飲んだことがない。成人したのもつい最近だし、友達と飲むときだって飲みやすいお酒くらいしか飲んでいなかった。だから初めて自分につがれた日本酒をみて、ドキドキしてきてしまった。
……俺、お酒自体そんなに強くないけれど、大丈夫かな。
「ほろ酔いになるくらいにね。日本酒で酔うのは結構気持ちいいよ」
「……はいっ」
智駿さんと一緒なら、大丈夫。ふらふらになっても、智駿さんにくっついていればいいんだ。
お猪口を受け取って、ささやかに乾杯をする。お猪口を口に近づけてゆくと、日本酒の匂いがしてくらくらした。ほんの少し口をつけて、それを舌で舐めるように飲んでみると、ピリッとした独特の甘みを感じる。
「ひゃー」
「あ、梓乃くん日本酒はだめ?」
「ううん、大丈夫です」
美味しいって言って飲める味じゃない。お酒の味とかほとんどわからない俺にとって、日本酒はとてもじゃないけれど味わって飲めるようなものでもなかった。でも、智駿さんが肩を抱いてきて、のんびりとした状態だと……こうしたものを飲むのも、なんだか楽しく感じる。ぼんやりと綺麗な月を眺め、俺はちびちびと少しずつそれを飲んでいった。
「んー……」
「あれ、酔った?」
「ううん、ふふ」
なんとか一杯飲み終わると、顔が熱くなってきた。頭の中もふわふわとし始めて、気持ちよくなってくる。智駿さんに触れられるのと、夜風がすごく気持ちいいなあって感じるようになってきた。
智駿さんは自分のお猪口にもう一杯そそいでいる。俺も、ってねだってみたら智駿さんに止められてしまった。もうちょっと飲めるのにって残念な気持ちになって智駿さんの腕にしがみつき、頭を肩口にぐりぐりしてみる。智駿さんが苦笑しながらも頭をぽんぽんと撫でてくれたから、嬉しくて口元が緩んでしまった。
「ちはやさーん」
「んー?」
「ちーはーやーさーん」
「……日本酒弱いんだね? 梓乃くん」
なんだか楽しくて智駿さんに甘えてみる。智駿さんの首筋にちゅ、ちゅ、って吸い付いてみたり、ぎゅーって抱きついてみたり。そうしていればお酒を飲み干した智駿さんは「参ったなあ」って笑って、お猪口をテーブルに置いた。
「可愛いんだけど……可愛すぎて襲うのに罪悪感覚えるなあ」
「んー? おそっておそって」
「……飲ませるんじゃなかった」
智駿さんの手元がフリーになったから、今度は智駿さんの脚を跨ぐように座って、正面からちゅーってキスをする。触れるだけのキスを繰り返したり、舌をいれてくちゅくちゅ交えたりすると、本当に気持ちいい。ふわふわしてきて何がなんだかわからなくなって……智駿さんの体が欲しくなってくる。
「ちはやさん、ちはやさん、エッチしよ」
「ふふ、もうちょっと梓乃くんが落ち着いたらね」
「えー? いますぐ! いますぐちはやさんとエッチしたい!」
「酔ってるときにしてもあんまり気持ちよくないよー」
智駿さんははいはい、って言いながらも俺を布団の上に押し倒してくれた。でもエッチする様子はなくて、俺を抱きしめて頭とかにキスをしてくるだけ。抱きしめられるのも気持ちいいし幸せだけど、もっと智駿さんが欲しくて「エッチしたいー」って何度もぼやく。
しばらくエッチしようしないって繰り返していて、どれくらい経っただろう。ずーっと布団の上に横になって抱き合って、キスをしていた。ようやく酔いも醒めてきて、頭もすっきりしてくると、体中が熱かったのが冷えてきて、ちょっと肌寒いなって感じた。
「電気消す?」
「えっ? 寝るんですか?」
「まさか」
ふと智駿さんが起き上がって、電気を消してしまう。カチカチと音を立てて電気をいじりながら、智駿さんが言う。
「いやあ、前もちょっと思ったけれど、梓乃くんにお酒は良くないねえ」
「えっ、そんなに俺の酔い方うざいです!?」
「違う違う、可愛すぎて理性壊れそう」
そんな、例えばぎゃーぎゃー騒いだり泣き上戸になったりと迷惑な酔い方をしたつもりはないから、そう言われると少し不安を感じてしまう。でも智駿さんは迷惑とは全く思っていなそうで、やれやれといった風に笑っていた。
電気を消すと、部屋の中に月明かりが差し込んでくる。そんな、ぼんやりとした朧な明かりだけが部屋を満たして、どことなく情緒のある雰囲気。
「あんなに、抱きしめたいくらいに可愛いのに、セックスのときはすごくいやらしい梓乃くんのギャップ、僕、大好き」
仄暗い部屋に立つ智駿さんの輪郭を、月の光がぼんやりと浮き上がらせている。ほんのりと残っていた酔いが、吹っ飛んでしまった。急にドキドキとしてしまって、俺はたまらず下を向く。
薄暗い和室、真ん中に敷かれた布団。浴衣を着た俺たち。これは、やばいシチュエーションだな、って軽率に思った。布団にへたりと座り込みながら智駿さんをもう一度ゆっくりと見上げて、俺は引きずられるように言う。
「……すごくいやらしいセックス、しますか?」
かあーっと下腹部あたりから熱が膨れ上がって、全身に広がる。暑い。
智駿さんがまた俺のところに戻ってきて、目の前に座る。そして、俺の顎をくいっと持ち上げて、見下ろしてきた。
「しよっか。すごくいやらしいセックス」
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