165 / 329
2
「梓乃、おかえり。お友達?」
「……まあ、そんな感じ」
……結局、謎の彼を俺は拾ってしまった。胡散臭い彼を連れた俺を、母さんは疑うことなく迎い入れる。
――彼の名前は、セラ。歳は案の定俺と同じ、二十歳。あんなところで座っていた理由は、単純に酔っ払って寝ていたかららしい。酔っ払って寝ていただけのくせに見知らぬ男に「拾って」なんて言うのは怪しすぎるけれど、ずぶ濡れで捨て猫みたいな顔をして頼まれたら放っておけなかった。人相が悪いってこともなく、そっちの人でもなさそうだし。とりあえず今日だけ寝床を提供して、明日には出てってもらう予定だ。
まずはセラにシャワーを浴びてきてもらって俺の部屋にいれる。セラは初対面の人の部屋だというのにやけに落ち着きを持っていて、当たり前のようにベッドに座る俺の隣に座ってきた。やけに他人との距離感が近い男だな、と思って拾ったことを若干後悔していると、セラが俺ににこにこと微笑みかけてくる。
「梓乃くん。ありがとね、助かった」
「いや……でもなんで拾ってなんて言ってきたの? まだ電車も出てる時間だったし、近くにビジホとか漫喫とかあったじゃん?」
「んー、いやぁー、」
色々と疑問に思ったことを聞いてみれば、セラは足をぱたぱたとさせて答える。
「人肌恋しくてさ」
そういうときもあるでしょ、とでも言うように俺の顔を見られて、俺は「へえ」と上の空で相槌をうつ。人肌恋しいなら知り合いでも呼んで介抱してもらえばよかったのに、ってさらなる疑問が浮かんできてセラへの怪しさは増幅するばかり。
俺は訝しげな表情でもしてしまっただろうか。セラは俺の疑心に気付いたように苦笑いをする。そして、少し眺めの髪を耳にかけると、ちらりと舐めるような視線で見つめられた。
「……俺、毎日のようにセックスしててね」
「……はあ、」
「裸で抱き合っていないと落ち着いて眠れないんだよね」
そりゃあ随分とヤリチンだこと。俺はそこまで女の人を捕まえられることを素直に羨ましいと思った。俺には智駿さんがいるから女の子にモテたいとは考えていないけれど、単純に女の人に不自由しないようなやりたい放題の人生が楽しそうだと思った。
……が、そんな俺の想像は外れていたようで。
「俺さ! 売り専だからさ! あ、ネコのほうね! 男の人と一緒に寝ないと安心して眠れないんだわ!」
――ウリセン? ネコ? 聞きなれない言葉に俺は首をかしげる。でも、男の人と一緒に寝ないと……ということは、もしかしたらセラは、ゲイなのだろうか。
「あ、ごめん意味わかる? 男版風俗嬢ね。男を相手に体を売ってるんだよ~。そんで俺は挿れられる側」
「……、はあ、なるほど」
「びっくりしてる? だよね、あんまりゲイって周りにいないでしょ」
「……いや、その点に関しては……」
俺が男に抱かれてますんで、というのはあえて言わないでおく。俺がセラの告白にまず思ったことは、「やばい奴拾った」だ。その売り専をしている方々に悪いイメージを持ったわけではなく、そんな彼を自分の部屋に招き入れたことをやばいと思ったのだ。だって、彼にとってはたぶん男の俺は恋愛対象にはいるわけで、そんな彼を部屋にいれたってことは……ヘタしたら浮気になってしまう。
「あの……待ってくださいね、俺はセラとそういうことするつもりはないからね」
「え! なんで! 俺めっちゃ上手いよ! 梓乃くんのこと絶対満足させられる!」
「やっぱりする気だったのか! 絶対やらないから!」
「だってお礼しないと! 体でお礼しようかと思って!」
「結構です!」
これはマズイ。俺は慌てて客人用の布団をひっぱりだした。そして、俺のベッドから少し離れたところに敷いて、「ここで寝ろ」とそれを指さす。でもセラはにこにこと笑って布団を無視して、俺のベッドにあがってきた。
「俺! ぶっちゃけ、梓乃くんに一目惚れしてさ! 抱いてほしいって思ったから声かけたんだよね!」
「ノー! 俺はセラを抱きません! 俺男は抱けないから!」
「みんなノンケはそう言うんだよ。大丈夫、一回俺を抱けばやみつきになるよ! 言っとくけど俺、店でナンバーワンだからね! 普通にやったらめっちゃ高いよ!」
「知らない! やらないから!」
俺にぐいぐいと迫ってくるセラを押しのけながら思ったのが、「セラが挿れられる側で良かった」だ。だって挿れられる側なら、俺からアクションを起こさなければ何も起きない。俺はセラにどんなに迫られても彼に欲情しない自信がある。ただ、ここまでベタベタされるとやっぱり智駿さんに悪いから、そもそも軽率に彼を拾った自分を呪った。
とにかく、セラを諦めさせなくちゃだめだ。たぶんセラは俺が無視して寝た所で、勝手に布団の中に潜り込んできてフェラとかしてきそうだ。それは何が何でも防がなくちゃいけない。少しでも浮気に繋がることは、したくない。
俺は意を決して、本当のことをいうことに決める。
「……っ、俺は! 彼氏いるんで! そして俺が挿れられる側なんで!」
「……え」
自分で「挿れられる側」と言うのはなかなかに恥ずかしかった。言った瞬間に、カッと全身の体温が上がったような気がする。
一世一代の告白、ってくらいに俺はきっぱりと智駿さんとの関係をセラに言った。……でも、セラはそんな俺の告白をきょとんとして聞いている。「それが?」とでも言うように。
「挿れられる側でも梓乃くんは男でしょ?」
「へっ!?」
「チンコついてんじゃん。俺に挿れられるよね?」
「いやいやいや、浮気になるから」
「だから俺とセックスしたら俺が一番になるってば~!」
「ええい黙れ、俺は絶対にやらないから!」
セラは……たぶん何を言ってもきかないだろう。俺はもう無視をきめこむことにした。ガバッと布団をかぶって、寝る準備にはいる。
「寝てる間に何かしてきたら絶対だめだから!」
「えー」
何かされそうだな……そう思いつつももう放置だ。何かされたところでそれも無視してやろう。
本当、ろくでもないことになった。俺は内心ため息をつきながら、眠りについた。
ともだちにシェアしよう!