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梓乃くんは、きまぐれな人だ。休み時間の使い方が気分によって変わる。友達と話していたり、課題を眺めてしかめっつらしていたり、一人でぼーっとしていたり。ただ、一人でいると大抵誰かがよってきて、梓乃くんに構ってもらおうとしているのは、みていて微笑ましかった。学年一の人気者なんて言われてみんなにきゃーきゃーされるタイプではないけれど、地味にみんなに好かれているのが梓乃くんだった。
「なにしてんの?」
「……あんまりみないでよ」
「だって鉛筆なんて持ってるからなにかするのかなって」
「僕はシャーペンじゃ絵は描けないからね」
「絵を描くの?」
「描こうとしてるの」
僕も、休み時間の使い方は適当だ。今日は、そこらへんにあるものをスケッチしようとでも考えていた。何を描こうか、そうだな一番前の席で寝ている田中くんの背中でも描こうか……なんて考えていると、梓乃くんが話しかけてきた。机にほっぺをくっつけながら、眠そうな目でこっちを見ている。
「何を描くの?」
「決まってない」
「決まってないなら俺の手を描いてよ~」
「別にいいけど」
梓乃くんはのそのそと僕の前の席にこっちを向くようにして座って、手を出してきた。「ピースがいい?」「ぐー?」「ちょき?」「ぱー?」なんて言ってきたから「ちょきが二回あるけど」と突っ込んで、結局は梓乃くんが適当に飲み物を飲んでいるところの手を描くことにした。
梓乃くんは、僕が絵を描いているあいだ、じっと僕の手元を見つめていた。時折椅子をがったんがったんとさせながら、ぼーっと見てくる。梓乃くんが動くたびになんだかよくわからないぽわぽわとした空気が流れてきて、きゅんとするのだけれど、この現象の正体は、謎。
「うわー、えへへ」
「なに?」
「なんだか、くすぐったい」
「触ってないのに?」
「じっと見られて、俺の手を描かれると、なんか触られているみたいでくすぐったい。どきどきする」
梓乃くんは、自分から「俺の手を描いて」と言ってきたくせに、いざされると恥ずかしくなってきたようだ。わずかに顔を赤らめながら、照れ笑いをしている。
「……」
その、照れ笑いが。間近でみた、その顔が。本当に、可愛い。
「由弦くん?」
「へっ」
「いや、ぼーっとしていたから」
「い、いや、なんでもない」
――僕は、今、何を考えていたんだろう。
男相手に「可愛い」なんて思ってしまって、どうかしている。たしかに梓乃くんは女性的なところはあるけれど、ちゃんと男だ。違う高校に超可愛い彼女がいるらしいし。おかしなことを考えるものじゃない。
「うわー、すご。魔法みたい」
「魔法じゃないよ」
「だってすごいじゃん」
でも、梓乃くんの言葉のひとつひとつが、輝いて聞こえる。手に入れられるようで手にいれられない、そんな輝き。どんなに仲良くなっても、距離を感じてしまうのは、このきらきらのせいかもしれない。あんまりにも眩しくて、僕とは不釣り合いだって思ってしまうところとか。
「わ、やっぱりすごく上手。ねえ、これ、もらっていい?」
「いいよ」
出来上がった雑な絵を、梓乃くんが嬉しそうに受け取る。彼のもちもののなかに、僕の描いた絵が加わるのは、ちょっとした、優越感。
たぶん、いちいち僕は、梓乃くんとの距離が縮まるほどに優越感を覚えるのだと思う。それくらいに、梓乃くんはきらきらとしていた。近づけなかった。そして、それゆえに……僕は、梓乃くんの本当の友達には、なれないのだと思う。
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