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「あのね、私は今非常に疲れているわけですよ、君たちビッチが揃うとめんどくさそう。お帰り」
「いやだから俺はビッチじゃないです! セラと一緒にしないでください」
ため息をつきながらも俺たちにコーヒーをいれてくれた白柳さん。その言葉の通り、白柳さんはなにやら疲れている様子だ。
仕事が忙しいのだろうか。医者といえば朝も昼も晩も働いていて忙しそうというイメージがあるけれど、白柳さんはどうなんだろう。やっぱり白柳さんの家にむりやりおじゃまするのはよくないよなあ、なんて俺が考えていれば、白柳さんはじっと俺を睨んできた。
「……君が一番めんどくさいんだからね、梓乃くん」
「えっ、俺っ!?」
……白柳さんは俺に悪態をついてきた。
え、セラじゃなくて? っていうか俺、白柳さんに何もしていなくない?
混乱して、かえって返す言葉がなくて口ごもっていると。白柳さんがテーブルに置いてあったスマートフォンをコンコンと指で叩く。
「奴だよ! 智駿! あいつ朝っぱらから私に電話よこしてさ、君のことを延々と語ってくるんだよ」
「え……」
……智駿さんが?
このタイミングで俺のことを語る、ってどう考えても惚気ではないと思う。俺が、智駿さんと距離をとるようになったこと、それについてだろう。
「『僕は梓乃くんを応援してあげたいから口は出さないけれど、でも会えないのが辛い~云々かんぬん』……って一時間! 長々と語られた私の気持ち!」
「……俺も、智駿さんに会えないのは辛いけど……」
「じゃあ会ってやってくれないかなァ!? アイツ、何かあると絶対私に長々と話してくるからね、疲れるんだよね」
喧嘩をしたわけじゃないし、会おうと思えばできないことはない。でも……でも、俺は。もしも今の状態で会ったら、智駿さんのことを逃げ場にしてしまいそうだ。自分を見つめるのが嫌で、だからどこかに逃げたくて、その場所として智駿さんを選んでしまう。それは、智駿さんにすごく失礼なような気がして。俺のなかで智駿さんが自分を甘やかすための存在になってしまうのが、絶対に嫌だった。
……だから、まだ、会わない。
「……なにか悩んでるんだって? それを智駿に相談してやりなよ。それが恋人ってもんでしょ」
「恋人だから相談できないんです……」
「クソうざっ! なにそれ?」
俺も、自分がうじうじと悩みっぱなしなのがうざったいとは思っている。そもそもなんでこんなことを考え始めたんだっけ、なんて、事の発端から恨み始めている。
頭が痛くなってきて、隣に座っていたセラにのっそりと寄りかかってみれば、セラがよしよしと俺の頭をなでてくれた。
「梓乃くんは将来のことが不安で仕方ないんだよね~」
優しい、セラの声色。俺を慰めているようなその声は、なんだかお母さんのようだった。
セラの言葉を聞いて、白柳さんがフッと噴き出している。……まあ、予想できた反応ではあるけれど。
「将来? 梓乃くん、君、将来のことが不安でそこまでいじいじしてんの?」
「……悪いですか」
「べつに。まだ二十歳のくせに、まだ人生の半分も超えていないくせに、何をそんなに心配に思っているんだって思ってさ。まだまだ希望のある大学二年生だろ、君!」
「……希望なんて、ないですよ……」
「ええ? 智駿は?」
「……いや、智駿さんとそれとはまた別問題で……」
白柳さんは、医者という所謂超勝ち組なわけで。学生のころから必死に勉強して、ほぼ約束された未来があったから、俺みたいに先が見えなくて不安だ……なんてことはなかったのだろう。そう考えると、白柳さんの言葉はあまり耳に入ってこなかった。はいってこなかった、けれど。
「はは、なんかさ、君。学生時代の智駿みたい」
……その言葉は、妙に。俺のなかに響いたのだった。
「あいつはね、夢があったわけよ。おじいちゃんみたいなパティシエになりたいって夢が。けれど、それでも今の君のようだった」
「……夢があったのに、将来のことが不安だったんですか?」
「誰のことも愛することができなかったからね。自分が見えなかったのさ。前を見ているのに、なーんにも見えない、そんな感じ」
「……、」
智駿さんが本気で人を愛することができなくて、自分に不安を覚えたこと。それと、今の俺が似てる、と白柳さんは言う。……なんでだろう? 俺は智駿さんのことが本気で好きだから、その頃の智駿さんとは重ならない……そのはずだけれど。
「おんなじだよ、君と昔の智駿は。遠くのものを見ると、近くのもののピントがあわなくなるだろう。自分ともっと近いところに目を向けないと、ぜーんぶ取りこぼしちゃうよ」
「……」
白柳さんの言っていることは、少しむずかしい。俺が、何かを取りこぼしているって……そう言いたいのだろうか。
俺が黙り込んでいると、白柳さんが立ち上がってキッチンに向かう。ぼんやりと彼を目で追ってみれば、コーヒー豆のはいったボトルを手にとった。
「――ちょっとクソガキにはわからない話だったかな」
がりがり、とコーヒー豆をミルで挽きだした白柳さん。なんだかいつもよりも、大人っぽく見えた。
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