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「どうぞどうぞ、遠慮しないで」  セラの家は、町からいくつか離れた駅の近くにある、小さなアパートの一室だった。何度か会話を重ねても、全くその背景が想像のつかなかった、セラ。思った以上に所帯じみていて、セラのイメージが宇宙人から普通の男の子に変わっていく。UFOに住んでいないにしても、ホテルを転々としているとか、適当に誰かの家に止まっているとか、そんなことを想像していた。  部屋の中は、アパートの外装とほとんどギャップのない、普通のワンルームの部屋。俺の友だちにもこういった部屋に住んでいる人が結構いる。アパートが結構築年数が経っているせいか、その雰囲気はどこか昔懐かしといった感じの部屋だ。 「最近ねー、この部屋を借りたんだ」 「ふうん……今まで、どこに住んでたの」 「んー、男の家」 「あー……」  俺が適当に床に座ると、セラがキッチンに向かっていった。話してくる内容は、なんというか予想通りというか……特に、今更驚くようなものではなかった。あんまり、深く聞かないでおこう……そう思う。  が。 「ふふ、いやらしいこと想像したでしょ。梓乃くん」  セラは、その話題を続けるつもりらしい。  セラは振り返り、にこっと微笑んだ。図星といえば図星だから、セラの言葉を跳ね除けられない。別にセラのことをそういう目で見ているわけではないけれど、セラが男の人と一緒に住んでいたとしたら、恋人だったとかそういうことだ。俺が智駿さんとするようなことも当然しているだろうと予想するのは、自然なことだと思う。  けれど、記憶をたどっているのであろうセラの表情は、あまり――柔らかくなかった。暗いというわけでもないけれど、なんというか――「無」といった感じ。 「梓乃くんは、俺がホモなの知ってるでしょ?」 「えっ」 「だから、男と住んでるといえば、そういう関係だって。きっと、そういうこと考えたと思う。間違いではないけれど、間違いなんだよね~、それ」 「……どういうこと?」 「セックスはしてたけど、恋人じゃなかった」 「あー、……なるほど」  セラとその男の人の関係は、所謂「セフレ」というやつだろうか。あまり詮索するつもりはないけれど、セラの話の流れだとそう考えるのが自然だと思う。  あまり、誇って言える関係ではないと思うけれど……。 「……そういう関係でいたこと、俺は、おかしかったとは思ってないよ。たぶん、梓乃くんが聞いたら酷い関係だって思うような関係だったけれどね」 「酷い関係って……」 「う~ん、上下関係があるっていうのかなあ。俺はずっと、あの人のいいなりで。でも俺は、それでいいって思ってたんだよね。面白いでしょ」  セラの手元から、とんとんと包丁とまな板の音が聞こえてくる。何かをつくっているらしい。俺はその心地良いリズムの音を聞きながら、セラの話に耳を傾けた。  セラが昔、どういう生き方をしていたのか――それは、セラの話だけではわからない。セラが、意図的に核心的な部分をぼかしているから。俺にはむいていない話だと、そう考えてくれているのだろう。けれど、そんな輪郭だけの話でも、セラの話にはどこか重量があった。 「あの頃の俺はね、な~んにも、見えなかった。未来なんて知らなかった。いっそ死んだほうが楽だとは思っていたけれど、気に食わない世の中に報復してから死のうと思っていたから、……なんていうのかな~。お先真っ暗!みたいな!」 「……、」 「あ、ごめん、あんまり暗い話するつもりはなくて。ただ、わかってほしいんだよね。先が見えないのはみんな一緒でさ。梓乃くんも将来がわからないから悩んだりするかもしれないけれど、生きていれば幸せは見つけられるよ。勝手に時間は流れていくんだしさ、幸せがあっちからやってくるのを俺たちは悠長にまっていればいいわけ。あんまり今から悩まないほうがいいよ」  湯だった鍋から、いい匂いが漂ってきた。……味噌汁、だろうか。柔らかい匂いが、部屋いっぱいに立ち込める。  セラがお椀を準備する。セラが味噌汁をつくるっているのがなんとなく意外で、俺はキッチンに立つセラをまじまじと見つめてしまっていた。味噌汁をつくるのがそんなに珍しいわけではないけれど、失礼ながらイメージに合わないというか。 「だからさ……好きな人とはだらだらといちゃついていればいいの。幸せなら、それでいいの。それなのに――梓乃くんさ、智駿さんとこうして距離置いてるの、なんで?」 「えっ」 「智駿さんとの時間の上で、立ち止まる。そのまま進めばいいのに、進まない。なんでだろうね、梓乃くん」  ぼんやりとセラの話を聞いていたものだから……突然の智駿さんの話題に、ドキリとしてしまった。俺はビクッとしてしまって、思わず肩を強張らせてしまう。  俺は、すぐにセラの問に反応できなかった。なんで智駿さんと距離を置こうと思ったのか――その経緯を思い出しても、答えらしい答えは見つからなかったからだ。  セラはそんな俺を見ると、ふ、と微笑んだ。トレーに味噌汁をいれたお椀を置いて、俺のところに運んできてくれる。

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