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「あ、お兄ちゃんなにそれ! ケーキ!」 「ああ、なんとなく寄ってきたから」  今日は、父さんと母さんの結婚記念日だ。二人は、いいレストランをとって、デートをしにいったらしい。夜には帰ってくるということで、俺と紗千は夜に二人をお祝いすることになった。  俺は、とりあえずブランシュ・ネージュでケーキを買ってきた。智駿さん曰く、「梓乃くんを産んでくれたご両親には感謝しないとね」ということだそうで、特別に智駿さんがその場でアレンジしてくれたケーキだ。贔屓目ではなく、なんだかものすごく豪華なケーキになっていたと思う。あと、ついでに簡単な手紙も用意している。まあ、俺は手紙とか苦手だから本当に簡素な内容の手紙だけど……結婚記念日だからちゃんと気持ちは伝えないとなあと思って。 「お兄ちゃん、よくそのケーキ屋さんでケーキ買ってくるよね」 「へっ」 「学院前駅のケーキ屋さんでしょう? わざわざその駅におりて買ってくるの?」 「ま、まあね」 「……わかった! お兄ちゃんの彼女さん、そのケーキ屋さんで働いてるんだ!」 「んっ!?」  両親の結婚記念日ということで穏やかにお祝いムードだった、俺の心の中。完全に色々油断していたところに――紗千がとんでもない攻撃をしかけてきた。 「お兄ちゃん、別にケーキ好きでもないくせに、最近そのケーキ屋さんのケーキすごく買ってくるじゃん。違う目的でそのお店行ってるんでしょ?」 「なっ、……」 「うーん、……あのケーキ屋さん、女の人の店員っていたっけ? 男の人がいるのはわかるんだけど……」 「……」  鋭いのもそこまでいくと逆に引く。  恐ろしく察しのいい紗千は、俺がブランシュ・ネージュの店員と恋人だということに気付いてしまったようだ。……まあ、紗千の言うことはもっともで。今までケーキが好きじゃなかった男子大学生が突然ケーキ屋に通い出したりしたら、どう考えても違う理由がそこにあるということだ。俺が智駿さんのケーキが好きなのは嘘ではないけれど、まあ、ブランシュ・ネージュには智駿さんに会うために行っているといっても過言ではないわけで。 「……店員さんと仲が良いの。変な勘ぐりをするな」 「ええー? 絶対付き合ってんじゃん~! お兄ちゃん、ケーキ買ってきた日はなんか機嫌いいし」 「……ッ、ものすごく仲が良いの!」 「深い仲なの?」 「だから勘ぐるな!」  紗千の追求を回避するのには、ものすごく苦労した。カミングアウトを今するつもりはないにしても智駿さんと付き合っている事実は否定したくないわけで、なかなかに言葉の選択が難しい。   「……いや、っていうかあのお店って個人営業? 店員さんってあのお兄さんだけ?」 「紗千、ブランシュ・ネージュに詳しいな!?」 「だって結構話題だもん。若くてイケメンのお兄さんがいるお洒落なケーキ屋さんって」 「そうなんだ!?」 「……お、お兄ちゃんまさかあのお兄さんと……!?」 「もうその話はやめろ!」  段々核心に迫ってくる紗千を振りきって、俺は紗千が手に持っていたスクラップブックを奪い取った。昨日から紗千が準備していた、父さんと母さんへのプレゼントだ。とりあえず、この話題から逃げたいから、スクラップブックの力を借りることにする。  ……これ以上智駿さんのことを言及されると苦しい。ああ、もう、なんだろう。あと100年くらいしたら同性愛って一般的になっているのだろうか。もっと軽く公言できるようになっているのだろうか。なんでただ普通に恋愛しているだけなのに、こんなふうにぐだぐだとめんどくさいことを考える必要があるんだ! と俺はなぜか社会に対して心の中で文句を垂れながら、ぱらりとスクラップブックを開いてみる。 「うわ、なんだこれクオリティ高い!」 「お兄ちゃん!? ケーキ屋さんの話は!?」 「紗千、器用だな! これは父さんと母さん喜ぶな~」 「お兄ちゃん~!」  ――紗千のつくったスクラップブックは、俺の予想を遥かに上回る出来だった。写真の使い方も上手だし、なによりびっしりと書かれたコメントが、すごい。家族の思い出を一冊にまとめた、というそんな本。心の中のむしゃくしゃも忘れて、俺はついついそれらを読むのに夢中になってしまう。 「ちょっと~! お兄ちゃんのためにつくったんじゃないんですけど~!」 「うんうん、」  楽しい思い出を切り取った、写真たち。一枚一枚が暖かくて、きらきらとしている。  こうして写真に写っている笑っている俺は、この瞬間をあたりまえの時間だと思っているだろう。何気ない、家族と過ごす時間だと。でも、今こうして見ると、すべての瞬間は奇跡のようなものなのだと感じた。父さんと母さんが出逢って、そして、俺と紗千が生まれて。あたりまえをあたりまえと思えるということは、きっとすごいことだ。  たとえば今、俺と智駿とさんが写真を撮ったとして。その写真は、未来の俺にどう映るのだろう。「偶然」か、「奇跡」か。「偶然」と思うのなら、きっと俺と智駿さんの恋はすぐに終わっている。「奇跡」と思うのなら――恋は運命と名前を変えているだろう。  俺は、「奇跡」を見たい。 「ここの父さんなんか可愛い」 「このお母さん笑いすぎだよね!」 「このときの紗千はこのあといじけちゃってさ……」 「ここのお兄ちゃん奇跡の一枚じゃない? イケメン~わらわら」  奇跡のもとに生まれた俺は、未来に奇跡を贈ることができるだろうか。  家族の写真を見てそんなことを考えられる俺は、きっと、幸せ者だ。すでに俺を囲う幸せ、そして未来の幸せへの憧憬。一本道の人生だけど、まだ先は見えず。迷う俺の傍に居る人はいつも――俺の道標になってくれる。

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