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エッチが終わっていちゃいちゃを堪能した頃には、空が夕闇に染まっていた。智駿さんはそのまま俺の部屋に泊まっていくということになった。
シャワーを浴びると言って智駿さんが入っていった浴室の扉を眺めながら、俺はふと思う。何気に……これは初めて「俺の部屋に」「智駿さんが泊まる」のでは?と。そう、今まで幸せな恋人生活を送ってきて、円満に過ごしていたけれど……智駿さんが俺の部屋に泊まるというのは、初めてなのだ。
「うわー……どきどきするなあー……うわー……うわー……」
特に何かがいつもと違うというわけではないと思う。けれど、俺はすごくどきどきしていた。この部屋はまだ入居したてで俺の部屋という実感はまだないけれど、智駿さんが俺の部屋で一晩を過ごす。その事実に、すごくどきどきする。
(エッチするかな……いやでもさっきしたばっかりだし……でももう一回……)
ちらりと上を見上げる。
俺の部屋にはロフトがついていて、そこに布団を敷いて寝ることにしている。次にエッチするならロフトでかなあと思いつつ、天井の低いあそこではいつもよりも自由がきかない。でも、狭いところで不自由さがあるエッチをするのもいいよなあなんて考えて、さっきエッチをしたばかりなのにまたしたくなってきてしまった俺は、頭を冷やすようにごろんと寝転がる。
「……」
視界に、智駿さんのカバンが目に入る。そして、その上に乗っている智駿さんのスマートフォン。
あそこに……さっきの録音データがはいっているんだよな……。そう考えると、恥ずかしくなってくる。そして――無性に、あのデータが欲しくなる。
だって、あの智駿さんの声。もう一度、いや何度でも聴きたくてたまらない。一人の夜には、あの声を聴きたい……。
「――ごめんっ、智駿さん!」
激しい罪悪感に駆られながら、俺は智駿さんのスマートフォンを手に取った。そして、データを送るためのメッセンジャーを起動する。
「……ん?」
人のケータイを勝手に覗く彼女的なことをしてしまっていることに強い罪の意識が芽生えて、だから余計なことは一切せずにさっさとデータを転送しようと思った。けれど、うっかり視界にはいったものが俺の目を捉えて離さない。
『(; ・`д・´)』
「……」
智駿さん側から送信したと思われる、智駿さんらしくない顔文字。相手は、白柳さん。申し訳ないけれど、ものすごく気になる。智駿さんにその顔文字を使わせるってどんな会話をしているんだろう。
「ほっ、本当にごめんなさい智駿さん!」
ちょっとだけ、ちょっとだけ――!
いけないと思いつつ、白柳さんとのメッセージを覗いてしまう。
『俺の猫知らね?』
『知らない』
『あっそ』
『そういえば一か月くらい前に飲み屋街で見たかも』
『ほー』
『すごい酔っぱらってたけど』
『まあ近くにいるならどうでもいいや。あんがとさん~』
『会ってないの?』
『三か月くらい?』
『三か月!?』
『なにか?』
『信じられない…(; ・`д・´)』
「……猫?」
猫、とはなんだろう。白柳さんって猫飼ってたのだろうか。っていうか猫が飲み屋街にいて酔っぱらうとは一体……?
混乱したけれど、それ以上前のやりとりを盗み見る気は起きなかったし、時間もない。もやもやが残りつつ、俺は自分とのメッセージを開く。そして、急いで俺のスマートフォンへあの録音データを送るべく、データを張り付ける。
そのときだ。――ガタン、と浴室から音がした。
出てくる。智駿さんが、浴室から出てくる。しかし、まだデータ転送は完了していない。バーの半分くらいまでしか到達していない。
「ちょっ、ちょっと待っ――……! は、早くデータ……! う、唸れ俺のWi-Fi――!」
出てくる前に転送よ終わってくれ――そう祈ったけれど。
「梓乃くん。何やってるの~?」
「ひえっ……智駿さん……」
残念ながら、間に合わなかった。智駿さんは俺の肩からにゅっと顔を出して、笑顔で俺に尋ねてくる。
「僕のスマホ……?」
「いっ、いやっ、別に浮気チェックとかそういうわけではなくっ、データが欲しかったというかっ」
「データ? あっ、そのデータさっきの」
「あっ、しまった」
スマートフォンを覗くイコール浮気チェックの図式が一般的に出来上がってしまっているため、そんな誤解をされないためにも俺はつい本当のことを言ってしまう。誤解をされて傷つけてしまうよりはずっとマシだけど――超絶に恥ずかしい。
智駿さんは俺の言葉を聞いてスマートフォンの画面を見るなり、にやにやと笑う。これ完全にやばいやつだと思ったけど、もう遅かった。智駿さんはぎゅっと俺のことを抱きしめて、俺の耳元に唇を近づけて、言う。
「そのデータで何をするつもりだったの?」
……ひとりエッチです。
なんてことは言えず。俺はぐいっと智駿さんを押しやって、誤魔化すように話題を逸らす。
「そっ、そんなことよりも……! 白柳さんの猫ってなんですか?」
「へっ? 白柳? あ、メッセージ見たの?」
「うっ、ごめんなさい、つい……」
「いやべつにいいんだけど……。白柳の猫は、彼のことだよ。セラくん」
「セラ……? なんで猫?」
「いや~、何考えているのかわからないんだってさ。気まぐれにふらふらと白柳のところに現れてセックスして、また気まぐれにふらふらと消える。最近ずっと会っていないからってさすがの白柳も気にしているみたいだよ? まあ、一か月前に見た時には元気そうだったし大丈夫だと思うんだけど……」
俺に押し返された智駿さんは不服そうな顔をしていたけれど、白柳さんの「猫」について教えてくれた。どうやら「猫」はセラのことのようだ。言われてみればたしかにセラは猫っぽいかもしれない。自由気ままな、野良猫。地味に白柳さんといい関係を築いているような感じはするけれど、彼らの関係はいまだによくわからない。
俺が「ふ~ん」なんて言っていると、スマートフォンから「ポコン」と音がした。転送が完了した音だ。その音はやはりこの誤魔化しの雰囲気を払拭するきっかけになって、智駿さんはふたたびじーっと俺を見てくる。
「梓乃くんがそんなに僕の声を好きだとは思わなかったなあ~」
「ちっ……がくはないけど、……いやっ、あのっ、」
「僕は梓乃くんの声大好きだよ。梓乃くんになかなか会えない時があったら、このデータを聴くかもね」
「そ、れで何をするんですか……?」
「……きみと、同じこと」
「……! ……!?」
智駿さんが目を細めて、にっこりと笑う。
俺はかあーっと顔が熱くなって、智駿さんから逃げようとした。けれど、智駿さんは俺を捕まえて放してくれない。
冗談なのか、本気なのか。それはわからないけれど、智駿さんが俺の声でオナニーをしているところを考えると、妙に……嬉しくなってしまった。
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