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だらだらと過ごしていたら、夕食を食べ終わったころには夜の九時をまわっていた。夕食も夕食で、お酒を片手におつまみのようなものを食べていたから、なかなかに時間を使ったのである。智駿さんの仕事を考えると、あまり夜更かしもできないので、あと少ししたら寝ようと考えていた。俺が寝床の準備を始めれば、智駿さんがロフトの下で「梓乃くん」と呼んでくる。
「すっかり渡しそびれちゃった。これ、引っ越し祝い」
「えっ」
俺がロフトから顔を出せば、智駿さんが紙袋を持って手を振っている。そういえば智駿さんは今日ずっと紙袋を持っていたなと思っていたけれど、それが俺へのプレゼントだとは思っていなかったので、俺はすっかり心を弾ませて寝床の準備もおろそかにロフトから降りて行った。
「こういうの梓乃くん好きかな?」
「え、なんですか? ありがとうございます!」
受け取った紙袋は、高級感のある紙袋。中に入っているのは、てのひらサイズのおしゃれな箱だ。箱には外国語が書いてあって何が入っているのかがまったく見当がつかない。俺はただただわくわくして、もたつく指で箱を開ける。
「ん……? これは……?」
「リードディフューザーだよ」
「りっ……えっ? もう一回!」
「部屋の香水みたいなやつ。僕の部屋にあるやつと同じなんだ」
「ぱっ……パリジャン! たしかに智駿さんの部屋っていい匂いしますよね……、うわ~、すごいおしゃれなのもらっちゃった」
箱の中には、シンプルながらに高級感のあるデザインの瓶と、そこに差すスティック。今まで使ったことのないような、おしゃれなものに思わず俺は「はわー……」なんて声を出してしまう。
俺はいそいそともらったリードディフューザーを部屋にセットしながら、そっと匂いを嗅いでみた。強すぎず、けれどよくある芳香剤とは違う個性的な匂い。爽やかな朝霧を思わせるような匂いは、主張が強すぎないいい匂いだ。智駿さんの部屋の匂いが好きな俺に取ってはぴったりのリードディフューザー。
「見た目もオシャレですよね。綺麗」
「でしょう?」
「?」
にこにこと笑っている智駿さん。なにやら変な意図を感じ取ってしまって、俺は思わず首をかしげる。
……そういえば、智駿さんと同じものを使うってことは、俺の部屋も智駿さんの部屋と同じ匂いになるんだよな。このリードディフューザー、ちょっとお高そうだから周りで使っている人なんていないだろうし、匂いが被るということもないだろう。
マーキングだ、と気付いた俺は、かっと顔が熱くなるのを感じた。おしゃれなものをプレゼントしながら部屋の匂いを自分の部屋と同じくしようとするとは……智駿さん、なかなかの策士。そして独占欲強い!
「ち、智駿さん……情熱的ですね……へへ……」
「うん?」
たぶん、智駿さんはそこまで深く考えてはいない。プレゼントが俺の部屋に置かれることを喜んでいるくらいで、自分の独占欲には気付いていないだろう。この笑顔も、変な意図が込められているわけでもなくて、無意識な独占欲がでちゃってるだけだと思う。
「体の中は智駿さんのケーキでいっぱいだし、体の外は智駿さんの匂いで包まれているし、全身が智駿さんに染められているような感じです」
「え? あっ……ああ、た、たしかに!」
智駿さんは俺の言葉でようやく自分が使っているものと同じリードディフューザーをプレゼントするということの意味がわかったようで、照れ笑いを始めた。部屋の匂いっていうのは、その人が一番触れるものだ。部屋にマグカップや歯ブラシを置くよりも、へたしたら「僕の恋人の部屋です」アピールが強いかもしれない。俺はそんな智駿さんの無意識の想いが嬉しかったけれど、智駿さんは少し恥ずかしかったようで、頭をかきながら顔を赤くしている。
「い、いや~、梓乃くんのことを染めるつもりは……あった、のかなあ……あったかもしれない……これを使ってくれる梓乃くんのことを想像しながら買ったもん」
「今更そんなに照れます?」
「無意識にぽろっと出ちゃうものは恥ずかしいでしょ」
「それは、たしかにそうですね」
智駿さんは咳払いをしながら、もたつきながらリードディフューザーをセットしている俺の手伝いをしてくれた。俺はそんな智駿さんの顔を覗き込みながら、おもわずにまにまと口角をあげてしまう。照れる智駿さんは、かわいい。
智駿さんがくれたリードディフューザーは、よく友達の部屋に置いてあるようなタイプよりも少し大きめのものだった。それよりは少しもちそうだけれど、やはりそれは無限ではないと思う。なくなったらいやだなあ、なんて思って、「これどのくらい使えるんですか?」と聞いてみる。
「4、5か月……くらいかなあ。なくなったらまた買ってあげようかって言いたいところだけど、それもあまり経済的じゃないよね~、う~ん」
「同じ部屋に住んでいたら一個ですむのにな」
「……、」
智駿さんが黙り込んで、顔を赤くする。どうしたんだろうと俺が首をかしげてみれば、智駿さんは無言のまま俺の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
「ち、智駿さん!?」
「ま、まあ一個ですむのが一番いいよね、うん」
「わっ、わっ、智駿さん~!?」
智駿さんのなでなで攻撃にこそばゆさを感じながら、俺は笑ってしまう。前髪がぐちゃぐちゃになって、視界が不明瞭だ。
ちくちくとする目をなんとか開けて、どんな顔をして智駿さんはこんなことをしているのだろうと見上げてやった。けれど、視界に入り込んできたその表情に、俺はぐっと心臓を射抜かれた。
ちらりと隙間から見えた智駿さんの表情は、見たことのないものだった。頬を染めて、こまったように、そしていたずらっぽく、少年のように――笑っていたのだ。
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