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 さっきの珍しい表情の智駿さんを見てからの俺はと言えば、ただただ、落ち着かない――その一言につきる。妙にどきどきとしてしまって、平静を装うのに苦労するのだ。それくらいに、さっきの智駿さんの表情は珍しかった。  けれど当の智駿さんはすっかりいつも通りに戻っていて、穏やかに俺に接してくる。寝る時間も近づいてきたので一緒に寝る準備をしていたけれど、俺ばかりがそわそわとしてしまっていた。 「そういえば――僕の店、今週ちょっと忙しくなるから、次に会えるのは来週以降になっちゃうかも」 「えっ、そっかあー……」  一、二週間会えなくなるというのはそう珍しいことではない――けど、この状態で暫く会えなくなるのはまずい、というのが正直な気持ちだ。このまま間があけば、次に会ったときにどんな顔をしたらいいのかわからない。さっきの表情はなんだったんだ、そしてその表情にどぎまぎとしてしまっている俺の心臓をどうにかしてほしい。  ……ということを言うことができることはなく。俺はしょんぼりとすることしかできなかった。「ごめんね」と言ってくる智駿さんに、いじけた顔を向けることしかできない。  寝る支度を整えた智駿さんは最後にもう一度リードディフューザーをいじって、俺と一緒にロフトに上がった。明日は少し早いからということで、これから何をするというわけでもなく布団をかぶって、部屋の電気を消す。 「……、」  布団に入って、智駿さんの体に密着して、――感じた。智駿さんの体温が、いつもよりも少し高いように感じる。そして――鼓動が、早い。   「梓乃くん」 「はい、」 「……やっぱりなんでもない」 「ええー?」  ……いつもどおりだと思っていた智駿さんも、実はいつもどおりではないのだろうか。何か、智駿さん、思うことがあったのかな。  ちょっと不安に思ったけれど、次の瞬間にぎゅっと俺を抱きしめてきたその熱に、嘘はなかった。どこまでも暖かくて、むしろーーいつもよりも、大事そうに俺を抱きしめてきて。  この悶々の先にあるのは、変化。その予感を感じる。けれど、それは哀しいものではない――それだけは、智駿さんの抱擁の暖かさに、そしてさっきの不思議な表情から、感じ取れるのだった。 

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