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俺の部屋の、合鍵。初めて智駿さんがこの部屋に来た時には、まだできていなかった。ようやく渡せて――俺は胸の中が暖かくなる。この部屋が、智駿さんがただいまを言う部屋になってくれたらいいな、と。
「すごく疲れた時は、ここにまた来てください。また、甘やかしてあげますから! もちろん、なんでもない日でも勝手に入って来ていいですよ。もう、ここは智駿さんの家ですから」
「……、ふ」
「……智駿さん?」
智駿さんは合鍵を受け取ると、目を細めてまつ毛を震わせた。「あ」、俺は声を出しそうになる。
――その、表情は。
「……僕もきみも、心ではもう決めているのにね」
「ちは――」
あのときの――少年のような、顔。
はっと息を呑んだとき、智駿さんに抱きしめられた。俺は頭が真っ白になって――まるで、初めて智駿さんにキスをされたときのように、心臓がばくばくと激しく鼓動を始める。
「僕も梓乃くんも、今が好きだから……ずっとこのままでいたいって思っている。けれど、あたりまえみたいに、一緒に夜を過ごして、朝を迎えたいって思っている。……リードディフューザーは、ひとつでいいって、そう思っている」
……あ。
まって――頭に浮かんだのは、その言葉。その先の言葉を言われたら、俺は、なんて言葉を返そう。
嬉しい、そう、すごく嬉しい。けれど――俺と智駿さんが求める未来へどうやってたどり着くのか――その道が、まだ俺には見えていない。まだ不完全なこの俺が、軽々しく智駿さんのこの先の言葉にどう返事をするべきなのか――それが、わからない。
智駿さんの肩口に顔を埋めながら、俺はぐるぐると考えていた。その緊張は、智駿さんにも伝わっているだろう。ぎゅ、と思わず智駿さんのシャツを握りしめてしまったから。
「……僕ね、昔からちょっと達観してたんだ。まともに恋愛とかしてないし、無駄に大人びていた」
「……?」
……けれど、智駿さんの口から出てきたのは、思いにもよらなかった切り口。すっかり「一緒に住もう」と言われるものだと思っていた俺は、拍子抜けしてかくんと肩から力が抜けてしまう。
「だから――遅れて、青春がやってきたみたい。何も考えないで、我武者羅に恋に生きてみたい。今は、そんな気分。けれど、きみはもう大人でしょ? 僕の青春と正面からぶつかるのは……ちょっと、恥ずかしいんじゃないかな」
「そっ……そんなことないです、俺だって、」
「……だからね、待っていてほしい。今の、少年さながらの僕が、恋に恋して突っ走ったら大事故が起きちゃうかもしれない。本当はね、今すぐに梓乃くんに言いたいことがあるんだけど――……それは、僕が青春を終えてからがいいと思う。僕が大人になって、きみとの未来を目に据えた時に」
「えっ……それは、」
「まだ、焦らない。焦らない、けれど――予約だけ、させて」
智駿さんは一歩後ずさると、俺の左手を手に取った。そして――薬指に、キスをした。
「……ッ」
あまりにベタなそのキスに、かえって俺はドキドキしてしまう。かあーっと顔が熱くなって、鏡を見ずとも自分の顔が赤いと自覚したそのとき、智駿さんがちらりと俺を見上げて、いたずらっぽく笑った。
その顔は、少年のようだった。智駿さんは――云う。遅れて青春がやってきたのだと。それは、言われてみればそうかもしれない。俺と恋をしている智駿さんは、まるで初恋をした少年のように楽しそうで、幸せそうで、きらきらしている。青春の中にいる彼は、思ったのだろう。好きな人と、一緒に住みたいと。それがあたりまえなのだと。
「予約、受け付けました。キャンセルは不可ですよ」
「もちろん」
大人は、ずるいしめんどくさい。たくさんの理由を付けて、たくさんのことを否定する。けれど、大人だからこそ――たくさんの理由を付けて、ひとつの幸せを掴み取る。
智駿さんが少年時代を終えたなら、俺がたくさんの理由を集めたなら――そのときは、一緒に歩きましょう。遅すぎることなんて、きっとない。
部屋に飾るリードディフューザーは、交代で買いましょうか。智駿さん。
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