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俺は少し前まで男を相手に体を売る仕事――所謂売り専というものをやっていたが、色々とあって今はホストをやっている。色々と、というのはまあ色々なのだが、その要因の一つとして彼――窪塚さんに声をかけられたからというのもある。
窪塚さんとの出逢いは単純。俺が売り専をやめて一人でバーで飲んでいたときに、彼が声をかけてきた。あれよこれよと話をしているうちにホストに勧誘され、まあそれも悪くないかと俺は彼のホストクラブで働くことになる。
窪塚さんはホストクラブ『エレフセリア』のナンバーワンだ。彼が何を思って俺に声をかけてきたのかはわからないが、いい先輩だと思う。
その日、俺はエレフセリアのメンバーと夜まで飲んでいて終電を逃してしまったため、窪塚さんの家に泊めてもらうことになった。男の家に泊めてもらうということについ身構えてしまう俺だが、窪塚さんはノンケなので特に何かがあったというわけでもない。毛布を借りてソファの上で眠らせてもらった。
「なあ、セラってさ」
「はい」
「売り専やってたんだろ? 恋人とかはやっぱり男?」
「う~ん、恋人はできたことないのでなんとも……あっ、でもエッチは男が相手です!」
「ふうん……」
けれどその翌日の窪塚さんは少しおかしかった。酒が抜けていなかったのかと思ったが、俺を見る視線がいつもと違うように感じる。
朝食を食べながら俺に話しかける窪塚さんは、どこか上の空だ。いつもは虎視眈々とギラつかせた瞳をしている彼が、なぜか。俺を見つめ、ぼーっとしたかと思えばはっとしたように目を逸らす。
「それってつまり、セフレをつくったりしてるってこと?」
「……セフレをつくってるっていうか。女の人とセックスしている自分が想像できないし、するなら男の人かなって」
「じゃあ、今は特定の相手はいないんだ」
「……、ううん、……さあ、どうでしょう。まあ、俺のことを繋いでいる人はいないですね」
蜘蛛の糸を辿るように、慎重に俺を探るような窪塚さんの言葉。しかし俺は、あまり詮索されるのが好きではない。適当に躱していれば、窪塚さんははたと黙り込んでしまう。ちらりと時計を見て、次にカレンダーを見て。そしてまた俺に視線を戻し、また迷ったように視線を落とす。ここまで落ち着かない様子の彼は初めて見るので、俺も戸惑った。
「セラ……おまえ、今日出勤じゃないよな。今日の予定は?」
「え……特にないですけど」
「そうか――じゃあ、」
窪塚さんの声の湿度が上がる。彼は平静を装っているつもりなのだろう。朝食のサンドイッチを食べながらいつもの調子で話を続けるが、まさかその演技に俺が飲み込まれるはずもなく。何をそんなに緊張しているのかと、発破をかけるようにしてじっと窪塚さんの顔を見つめてやったが――
「このあと、俺とセックスしないか」
――流石にこの言葉には驚いた。
窪塚さんほどの男の人が、俺を抱きたいなんてどうして思うのだろう。単純に、そう思った。俺たちの働くホストクラブ「エレフセリア」は実のところ町で一番のホストクラブだ。そこのナンバーワンということは、この町の夜の帝王とも言っていいということであり、その彼が俺のような売り専あがりの下っ端ホストに興味を持つとは思えない。ましてや彼は、ノンケだ。
からかっているのだろうか。なんのために? 男同士のセックスの味見をしたいのならそれはそれで構わない。しかし、同じホストクラブで働く彼と面倒事を起こしたくない俺は、少しばかり彼を疑ってかかってしまう。
「ええ~? やめといたほうがいいと思いますよぉ? 俺、可愛い顔してますけど体はちゃんと男なので! たぶん、服脱いだら萎えるんじゃないかなあ?」
「……萎えない」
「……実はバイだったりします?」
「いや、男を抱いたことはない」
「……」
やんわりと断ってみても、彼の意思は揺らがない。俺は断るのが面倒になって、もう彼に抱かれてしまおうという気持ちになってきた。
ただ、一文は添える。これからの彼との関係で面倒なことが起きないためにも、そして俺自身のためにも。
「いいですよ、じゃあ、セックスしましょう。けれど――それは、今日限りということで」
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