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*  光が瞼を撫で、俺は目を覚ます。カーテンの隙間から見える外は、まだ暗い。物音がした方へ視線をやれば、窪塚さんが立っていた。    白柳さんと別れた後、俺は窪塚さんの部屋に戻ってきた。窪塚さんは仕事へ行ってしまっていたので、シャワーを借りて、ベッドで眠らせてもらっていた。たぶんそれから、少し時間が経ったのだろう。窪塚さんが仕事から帰ってきて、俺が横たわるベッドを見降ろしていた。 「よかった、戻ってきたか」 「……おかえりなさい」 「俺と一緒になる気にはなった?」 「……いいえ」  俺は枕に頭を乗せたまま、窪塚さんを見上げる。窪塚さんは俺の返答を予測していたのだろう。特に表情を変えることなく、俺を見つめていた。 「窪塚さん、……俺のことは、やめたほうがいいですよ」 「理由は?」 「今、とてもひどいことを考えているからです」  窪塚さんがベッドの端に腰かける。今日は何人の女性を酔わせてきたのだろう。スーツを着ていなくても、ギラギラのライトを浴びていなくても、窪塚さんはかっこいい。俺なんかに入れ込むのは勿体ないと思う。 「俺、普通じゃないんです。普通じゃない人生を歩んできた。親は気狂い、俺も気狂い。俺、変なやつだから、みんなたぶん、俺のことを変な目で見ると思います。別に、激しく差別なんてしないでしょうけどね、このご時世。でも、『あいつ変だよね』って心の奥できっと思う。普通になる努力をしてはいるけれど、根本的に俺、変だもん。俺は普通じゃない。だから、みんな普通にできている"愛してる"を、俺はできない」 「うん」 「……俺、変だけど……好きな人ができたんです。少し前。その人は、俺を……愛してくれた。でも、……でも……俺、変だから。普通に、恋人のようになれなくて……愛されたいのに、愛することが怖くて、……その人は普通の人だから、俺、その人のこと傷つけちゃって……――」  息が苦しい。たぶん、普通の人は、こうして胸が痛いと感じるときには涙を流すのだろう。けれど、俺にはそれすらもできない。きっと、今の俺を白柳さんが見たら、また傷つく。彼のために涙を流すこともできない俺に、きっと。  窪塚さんはそっと俺の額を撫でてきた。そして、ゆっくりと、抱きしめてくる。 「泣くな、大丈夫だから。普通なんかじゃなくたって、大丈夫なんだよ」 「泣いてないです……」 「泣いてるだろ」  とんとんと頭を撫でられる。彼が優しければ優しいほど、俺って最低だな、と思った。  俺は窪塚さんに、甘えようとしていた。彼に抱かれれば、何もかもあきらめがつくだろうと思った。心の奥にくすぶる気持ちも、いつか焼かれて消えるだろうと思ったのだ。 「……窪塚さん。抱いて、くれませんか。俺の事……思い切り、抱いてくれませんか」  絞り出す。落ちてゆく気持ちの中、この最低な懇願は救いのように思えた。  窪塚さんは俺の言葉を聞くと、少しだけ手に力を籠める。憤っているのかもしれない。俺が自暴自棄になっていることに気付いているのだろう。  けれど。 「……どうされたい?」    窪塚さんは、俺を受け入れてくれた。  俺は縋りつくようにして、彼の胸に頬をすりつける。こうして恋人のように甘えてみれば、きっとぐちゃぐちゃな心も壊れるだろうと願った。白柳さんを好きになる資格なんてないよ、と自分に言い聞かせる。 「俺のことを、いっぱいいっぱいにしてほしいです。壊すように、抱いてください。何も考えられなくしてください――……お願いします、……お願いします……」  まるで命乞いでもしているようだな、なんて思う。  まあ……死ぬといえば死ぬのかもしれないけれど。まともな人間としては、俺はここで死ぬのかもしれない。 「ああ、……わかった。おまえを抱くよ」  強い香水の匂いがする。ああ、この匂い――白柳さんとは違う。白柳さんって、ちょっと薬くさいんだよね。

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