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町外れの居酒屋に、一人の青年が座っていた。青年は、何やらそわそわとしている。
「もう10分過ぎてるんだけど……ほんとに来るのかなあ、セラ……」
青年の名は、梓乃。一人で居酒屋に来た経験のない、その辺にいる大学生である。そわそわしていたのも、一人で居酒屋に待たされていたからであろう。
ようやく相手が現われて、梓乃はうんざりしたようにため息をついた。彼が席につくなり、梓乃は「ちょっと」と小言を言う。
「セラに時間という概念はあるの?」
「う~ん、ごめん。電車乗り遅れちゃって」
「だったら先に連絡してくれればいいのに」
「……なるほど。そうすればいいんだね。じゃあ、次からはそうするよ」
セラと呼ばれた青年は申し訳なさそうに謝っている。
悪気はないらしい。遅刻しそうなときのやりとりというものを知らなかったようだ。
お酒がやってくると、二人は乾杯した。なんてことない、とある夜の待ち合わせ。一応友人同士である二人は、たまには、ということで飲みに行くことにしたのである。
「今日はさあ、やってみたかったことがあるんだよね」
「はあ、やってみたかったこと」
「恋バナ!」
「……恋バナ……?」
梓乃はセラの発言を聞くなり、意味を理解していなさそうな顔で苦笑いをした。「恋バナをしたい」と言って恋バナをしてくる人はあまりいないからである。それから、どうせ例の医者先生の話が出てくるんだろうと感じ取ったので、恋バナ特有のワクワク感がなかった。
が、セラはそういった話を改めてするのは初めてだったようで。
「恋バナってさあ、小学校? 中学校? とかで、みんなやるもんなんでしょ、ふつう。俺やったことなくてさ」
「ふうん。好きな人がいなかったの?」
「うん、そうだね。そんな感じ~。だからやってみたいんだ」
ふっと微笑むと、セラはお酒をひとくち飲む。
そして、頬杖をついて、にこっと、それはそれは嬉しそうに笑った。どこにでもいる少年のように。
「聞いてよ。俺、好きな人ができたんだ」
-affogato fin-
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