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第8話
そうすけが連れていってくれたのは、デパートなどの大型百貨店とは違う、いわゆる街中にあるファッションスーパーというやつだった。どちらかといえばファミリーや年輩のお客さんをターゲットにしたお店は、一階は普通の生鮮食品から、上の階は洋服や薬や本まで、ひとつの建物の中で、何でも買うことができるというから驚きだ。もちろん休日ということもあって、多少の混雑はあったが、それでもさっきさとりたちがいた駅前の複合型大型施設と比べたら、店内は比較的穏やかな空気が流れていた。最上階の一部の天井はドーム上になっていて、なんでも「ぷらねたりうむ」というものが見られるらしい。
ぷらねたりうむ? と訊き返したさとりに、そうすけはふふん、と笑った。「ま、楽しみにしてな」と言うそうすけに、さとりはこくこくとうなずいた。
「まずはさとの着替えだな」
「エスカレーター」に乗り、上の階へと上がる。
ほんとうは、さとりはまだこのエスカレーターというものに慣れてはおらず、ほんのちょっぴり怖かったのだけれど(なんだか落ちそうな気がしてドキドキしてしまうのだ)、あまり騒ぐと一緒にいるそうすけに恥ずかしい思いをさせてしまうので、叫び出しそうな気持ちを、口元にあてた手のひらにぐっと力を込めて、なんとか堪えた。
「さと」
そのとき、まるでさとりの気持ちを見透かしたみたいに、そうすけが手を差し出してきた。
さとりはぎゅっと唇を噛みしめた。ふるふると頭を振る。いくら物を知らないさとりだって、いい大人が手をつながないことくらいは知っている。それは恥ずかしいことなのだそうだ。でも・・・・・・。
そうすけは、おや? という顔をしてから、何も言わず、手を引っ込めてしまった。
さとりはしゅん、とした。
おいら、ほんとうは、そうすけと手をつなぎたかった・・・・・・。
さとりはちらっと、そうすけの手を見た。それから顔を上げて、正面を向いているそうすけの横顔を。手のひらにじわっと汗をかいてしまったので、ズボンに擦りつける。
鼓動がどきどきとなった。
さとりが、手をつなぎたいと言ったら、そうすけは嫌がるだろうか。
「そ、そうすけ・・・・・・っ!」
心臓が、ぎゅんっと口から飛び出そうだった。
「ん?」
そうすけがさとりを振り向いた瞬間、エスカレーターは一番上に着いてしまった。
「ほら、いくぞ」
さとりは、がっくりと肩を落とした。
洋服屋さんとは、いったい何人分の洋服を販売しているものなのだろうか。
さまざまな色や柄があふれる店内で、さとりはどこに焦点を合わせていいかわからず、目がチカチカした。
「さと、こっちきて」
姿見の前で、そうすけはさまざまな服をさとりの顔の前に合わせては、どれがいいか悩んでいた。ときどき言葉少なに、「さとはどう思う?」とか「こっちとこれだったら、どっちが好き?」と訊かれたけれど、正直さとりにはどれも違いがわからなかった。
「ねえね、あの人、荻上壮介よね」
「えっ! うそ。ホンモノ!?」
さとりの耳にその声が入ってきたのは、そんなときだ。見ればお店の女の人がふたり、壮介を見て噂話をしている。少し離れた場所では、お店の店員さんに話しかけたそうな素振りのお客さんがいるのに、彼女たちは壮介に夢中で気がつかない。
「わー、荻上壮介がこんなとこ買いにくるんだー」
「超ラッキー」
『てか、顔ちっちゃー! 足長~い!』
「話しかけたらだめかな?」
「えー、あんた仕事中よ」
『でもこんなチャンス二度とないし』
「せめて写真くらい・・・・・・」
『こっそり撮ったらバレないって・・・・・・』
「あー、早くしないといっちゃう・・・・・・」
女の人のひとりが何か四角いものを制服のポケットから取り出した。カメラのレンズらしきものをそうすけに向ける。
「だめー・・・・・・!」
さとりは大きく手を広げた。レジで会計をしているそうすけを庇うように、彼の前に立つ。
「さと?」
そうすけは不思議そうにさとりを見た後、彼女たちに気づいた。まるで仮面を一枚被ったみたいに、そうすけの顔から表情が消える。
そうすけはレジの横にあった丸い茶色のものを手にとると、「これもください」と言って、素早く会計をすませた。それから買ったばかりに茶色いものを、さとりの頭にぽすっと被せた。
・・・・・・うあ?
さとりは頭に手をのせて上を向くと、首をかしげた。
「いくぞ」
そうすけはさとりを促し、店を出た。
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