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第15話
部屋に戻ってくると、そうすけは腰に手をまわすようにして、さとりを自分の腕の中に閉じこめた。
「そうすけ、あの・・・・・・?」
顔を上げるとすぐ目の前にそうすけの顔があって、その近さにさとりはどぎまぎしてしまう。
そのとき、ようすを窺うようにじっと見つめられて、なんだろうとさとりが思ったら、
『だいじょうぶかな? こいつ、嫌がってないかな・・・・・・?』
と心配するようなそうすけの声が聞こえてきた。
「や、嫌じゃない」
さとりはぷるぷると頭を振って、
「あっ・・・・・・」
と口元に手を当てた。またそうすけの心の声に答えてしまった。
「ご、ごめんなさい・・・・・・」
思わずさとりが謝ると、そうすけはこつん、と自分のおでこをさとりのそれにぶつけた。上目遣いにちらっと見つめられて、さとりはどきっとした。鼓動がどきどきと速く打つ。
「あのな、それもうやめないか?」
「え?」
「いちいち謝るの。言っただろ、気持ちを読みたいのなら勝手に読めって。お前がなんであれ、俺はさとりが好きだよ」
好き? そうすけがおいらのことを、好き?
言われている意味がわからなくて、さとりはそうすけをじっと見つめた。そうすけはそんなさとりを見ると、困ったようなやさしい笑みを浮かべた。
「・・・・・・お前の気持ちも読めればいいのにな」
『そしたら、お前が本当は嫌がってないか、わかるのに』
「い、嫌じゃないよ。おいら、本当にそうすけがすることで嫌なことなんて何もないよ」
さとりの言葉に、そうすけが顔をしかめる。
『・・・・・・それが困るんだよ』
え? どういうこと・・・・・・?
何かそうすけの気の障ることを言ってしまっただろうか。とたんにおろおろするさとりに、そうすけは微かに苦笑を漏らした。
「俺がこれからどんなことをお前にしたいか知ったら、嫌われるのは俺のほうだよ」
「そうすけ・・・・・・?」
そうすけは首をわずかに傾けると、さっき頬にした口づけを、今度は唇にした。それからいったん顔を離すと、目をまん丸くさせているさとりを見て、ようすを見るようにもう一度口づける。
「・・・・・・さと。さとり」
『かわいい・・・・・・』
そうすけのやさしい声が、心の呟きが耳に落ちてくるたびに、さとりの胸はアイスクリームみたいに甘くとろけた。
『・・・・・・とろんとした顔している』
うっとりしたように囁かれて、さとりは頬を染める。これはなんだかとんでもなく恥ずかしくないか。
思わず顔をそらすと、今度は目の縁にキスをされる。
『・・・・・・服を脱がして、全部にキスしたい。よけいなことなんか考えないですむみたいに、俺のことだけでいっぱいにしたい。とろとろした甘い声を聞きたい』
「さとり」
もはや隠すつもりのないそうすけの愛情が伝わるたびに、これまで感じたことのない痺れみたいなものがぞくぞくっとさとりの身体に走った。
「あっ!」
さとりは目を見開いた。身体の一部に何か知らない変化が起きている。性の知識など何もないのに、本能的に恥ずかしいものだということはわかる。さとりはそうすけから隠すように、もじもじと両脚をすり合わせた。
『あ、たっちゃったのか』
そうすけの声に、さとりはかあっと赤くなった。慌ててそうすけの腕の中から逃げようとするが、なぜだか脚に力が入らず、そのままカクンと膝から崩れ落ちそうになった。
『・・・・・・あー、まっずいなあ』
そのとき、そんなそうすけの心の声が聞こえてきて、さとりは泣きたくなった。
「ご、ごめん、そうすけおいら・・・・・・っ」
「あー、違う違う、さとり。それでいいんだ。お前、いま誤解しただろ。違うよ、まずいなって言ったのは、こっちの問題」
ほら、と腕をつかまれ、そうすけのそこに触れさせられる。手のひらにこれ以上ないくらい固くそそり立つものが触れて、さとりは思わず反射的に手を引こうとしてしまった。そうすけが苦笑する。
「さとりがこういうのに慣れてないのはわかってる。お前が俺のこと、好きだっていうのはわかるんだ。それはほんと疑いようもない。でも、それは俺がお前に抱いている気持ちと一緒かを考えると、正直自信がない」
「そうすけ?」
どういう意味だろう・・・・・・?
そうすけの言っている意味がわからなくて、さとりは不安な気持ちになる。
そうすけのことは大好きだ。何よりも大切で、かけがえのない。たとえば自分が何よりも大切にしているものーーそうすけからもらった石や、袋に入ったメモとそうすけのどちらかを選べといわれたら、さとりは間違いなくそうすけを選ぶ。もちろん、自分の命など比べようもない。
でも、それだけじゃだめなの?
『・・・・・・不安なんだ』
不安・・・・・・?
さとりは首をかしげる。そうすけが悲しい気持ちでいると思ったら、さとり自身の胸も苦しくなって、どうしていいかわからなくなる。
「さとりの純粋な気持ちを利用している気がする。お前が俺を好きだというのは、生まれたばかりの雛が最初に見たものを純粋に慕っているだけかもしれないのに、さとりがかわいくて、あまりに愛しくて、そんなお前の気持ちを利用してすべてを俺のもんにしたくなっちまう」
『お前を傷つけたくないんだ』
さとりの身体をそっと離し、困った顔でやさしくほほ笑むそうすけに、さとりの中でこれまで感じたことのない、甘く切ないような焦れた感覚が生まれた。
そうすけの言っていることはよくわからないけど、少なくとも自分の気持ちはわかる。
さとりはそうすけの腕に手をかけると、背伸びをして、さっきそうすけがしてくれたみたいに、頬にキスをした。最初は右側から。
『・・・・・・さとり?』
それから、驚いているそうすけをじっと見て、さとりの行為を嫌がっていないことを確かめると、今度は反対側から。ぺろっと自分の唇を舐めてから、最後に正面からそうすけの唇にそっと自分のそれを押し当てたとき、唇の間からそうすけの舌らしきものがぬるっと滑り込んできて、さとりはびっくりした。
「んー・・・・・・っ、んー・・・・・・っ、んー・・・・・・っ!?」
そ、そうすけ・・・・・・っ、とさとりは慌てるが、頭をがっしりと押さえられていて動けない。口の中はそうすけの舌が好き勝手に動き回っていて、さとりは自分が何かまるで食べ物になったような気がした。そのとき、そうすけの舌がさとりの上顎のあたりをぬるりと舐めた。
ぞくぞくぞくっ・・・・・・と痺れが腰のあたりを走った。
「んん~・・・・・・っ!」
いったん治まりかけていたものがそうすけの刺激によって再び反応する。おまけに先のほうからは、何かがじわっと滲み出た感触があって、さとりは漏らしてしまったのかと泣きたくなった。ぎゅっと身体強ばらせると、自分を守るように身を屈める。
「さとり?」
『やっぱり怖がらせたか?』
かすかな落胆のこもった失望と、同時にさとりを心配するそうすけの気持ちが伝わってきたが、さとりはうつむいたまま答えることができない。
そのとき、そうすけが自分の側から離れる気配がして、さとりはますます泣きたくなった。
こんなことぐらいで漏らしてしまうなんて、おいらはやっぱりどこか変なんだ。そうすけに知られたら嫌われてしまうかもしれない。
白いふわふわの妖怪が心配するように、さとりの周りでぴょんぴょん跳ねた。
「さとり」
ふわりと包み込むようにかけられたブランケット越しに、そうすけに抱きしめられる。そうすけは慰めるようにそっと、さとりの背中をぽんぽんと軽くたたいた。
「大丈夫だよ、さとり。お前が嫌なことは何ひとつしないから」
その表情は、かけらもさとりを怒ってはいない。
『怖がらせてごめんな』
さとりを気遣うそうすけのやさしい思いに、さとりの胸はじわっと熱くなった。
「お、おいら、おいら、そうすけに嫌われると思って・・・・・・」
『・・・・・・嫌われる?』
「いったいどうしてそう思った?」
「そ、そうすけに口づけられたら、おいら、なんか身体がおかしくなって・・・・・・」
さとりの言葉にそうすけが眉をひそめる。
「おかしいってどんなふうに?」
『妖怪にキスしたらまずかったか? たとえばさとりの身体に何かよくないことが起こるとか・・・・・・? いや、でもそんなの誰に訊きゃあいいんだ・・・・・・?』
「腰のあたりがぞくぞくって鳥肌が立ったみたいになって、なんだか胸の奥がきゅうっと切なくなって、あそこが・・・・・・、おいらのあそこが・・・・・・」
そこで初めてそうすけは、んん? と怪訝な顔をした。
「急にさっきなったみたいになって、も、漏らしちゃって・・・・・・!」
勇気を振り絞り、さとりは一気に言い放った。
「あー、や、あの、さとりな・・・・・・」
そうすけが珍しくもごもごと口ごもったと思ったら、急にその顔がかあっと赤くなった。
「ちょ、ちょっとだけタンマ・・・・・・」
手をさとりの前に出し、反対側の手で自分の顔を覆い隠すように塞ぐ。けれどその隙間からのぞく頬が、耳たぶまでが真っ赤に染まっている。そうすけはいきなりソファの上にあったクッションをむんずとつかみ、さとりの見ている前で自分の顔をクッションに押し当てた。
『うおー! 何だこのかわいい生き物はー! まじかー!』
今にも転がり出しそうな勢いで、いきなりそうすけが心の中で叫んだので、さとりは心底びっくりした。
・・・・・・そ、そうすけ?
ぽかんと口を開ける。
そうすけはさとりの視線に気がつくと、照れくささをごまかすように、こほんと咳をした。それから、うれしそうにふわっと笑った。
さとりはドキッとした。鼓動がさっきよりも速くなった気がする。
「さっき、俺がお前にキスしたのは嫌だったか?」
さとりは頭を振った。
「じゃあな、その後にしたほうのやつは? 気持ち悪くなかったか?」
少しだけ赤くなって、さとりはこれも否定する。気持ち悪くなかったどころか、正直気持ちよかった。
そうすけはよし、と呟くと、横からさとりの脚をすくい上げるように抱き上げ、慌ててぎゅっとしがみつくさとりをベッドへと運んだ。
『もうごちゃごちゃと考えるのはやめだ』
「これから俺はさとりのことを抱く。それは、俺がお前のことを好きで、大切で、愛しいと思うからだ。お前のことを愛したい、気持ちよくさせてあげたい。でもさとりは俺に無理につき合うことはないんだ。少しでも嫌だと思ったり、気持ち悪かったり、違和感があったらすぐに言うんだぞ。そんなことぐらいじゃ嫌いにならないから」
そうすけがさとりの目を見て告げる。そうすけの言葉は、自分をよく見せようとしたり、嘘をついたり、自分の気持ちを取り繕うことなく、まっすぐにさとりの心に入ってくる。
胸が熱くなる。
そうすけに出会うまで、さとりは自分の存在を恥じてきた。誰からも愛されない、必要とされることなんてないのだと思っていた。
そうすけの言葉は、偽りなくさとりのことが好きだと伝えてくれる。みんなから嫌われ者の妖怪であるさとりでも、ここにいていいのだと、生きていてもいいのだと教えてくれる。そして、存在することの意味を。こんなこと、自分に起こるなんて想像もしていなかったーー。
「さとり? さと・・・・・・」
声もなく泣くさとりを、そうすけが困惑のこもった表情で見つめる。
「・・・・・・嫌で泣いてるわけじゃないよな?」
不安そうに訊ねられて、さとりはぽろぽろと涙をこぼしながら、それでもにっこりと笑った。視界が滲んでそうすけの顔がぼやけてしまうのが嫌で、ごしごしと目をこする。それから、まっすぐにそうすけの顔を見て答えた。
「おいらもそうすけが好き。大好き」
あ、キスされる、とさとりは思った。ふっと顔の前に陰が落ちる。さとりは自然と目を閉じた。
そうすけの舌がさとりの口腔に滑り込み、歯列を辿り、そしてさっき感じてしまったところをくすぐると、絡みつくようにしてさとりの舌を吸い上げた。飲み込めなかった唾液が口の端からこぼれ落ち、くちゅくちゅと濡れた音を発した。
『さとり、感じてる。かわいい、かわいい・・・・・・』
そうすけから絶えず聞こえてくる言葉が、恥ずかしくてたまらないのに、頭の芯がぼうっとなったみたいに、うまく考えることができない。
そうすけが顔を離すと、ふたりの間を唾液の糸が引いて、さとりはかあっと赤くなった。
『目の縁が赤くなってる。ふふっ、色っぽい。せっかくきれいな目をしているのに、どうしていつも隠しているのかな』
「あっ」
そのとき、洋服の裾から入り込んだそうすけの指が、さとりの胸の頂をきゅっと摘んだ。そんなところをいじっても何も出てこないのに、そうすけの指がさとりの胸を刺激するたびに、さとりはまた腰のあたりにあの痺れを感じた。
『チクビが固くなってる。コリコリッとして、何かの実みたいだ。きれいなピンク色。犯罪だろ、これ』
さとりはかあっと赤くなった。全身を羞恥に真っ赤に染め、両腕を顔の前でバッテンにして隠そうとする。
「さとり?」
『どうした? 嫌だった?』
「い、嫌じゃない。嫌じゃないんだけど、それ、恥ずかしいからやめて・・・・・・」
「それって?」
そうすけが上体を起こし、顔を隠しているさとりの腕をどける。
「そ、その全部口に出すの・・・・・・っ」
『口にって・・・・・・頭の中ってことか?』
そうすけがさとりの前髪をかき上げる。それから、普段は隠している顔が露わになったことに、動揺しつつも真っ赤な顔で精一杯睨んでいるさとりの唇に、チュッとキスをした。
「・・・・・・っ!」
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