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第18話

 さとりは慌ててそうすけを止めようとする。もし一瞬でも龍神がそうと決めたなら、さとりたちの命などひとたまりもないだろう。 【何かを得るには代償が必要だ。その妖怪は、お前に会いにいくために私と取引をした。自分の命を賭けてでも、お前に会いたいと思ったのだよ。その代償は払わねばならぬ】  さとりは唇を噛みしめた。自分の命が消えてもいいと思ったのは、いまでも変わることがない。けれど、さとりはそうすけの気持ちを考えなかった。さとりを失ってしまった後の、そうすけの気持ちを。  そのときだった。 「ーーだからさ、代償を払えば問題ないんだろ」  ふてぶてしいとも思える顔で、龍神に堂々と言い放つそうすけの考えが読めなくて、さとりは呆気にとられた。 「さっきあんたはさとりと取引をしたと言っていた。でもさ、さとりが消える必要なんて何もない」  そうすけ? 【ーーどういうことだ?】  バサリと音がしそうなほどに長い睫毛を、龍神はしばたかせた。 「俺がすべてを捨ててまでこいつを必要とすればいいんだろ? すべてを捨てるってどういうこと? 俺は何をしたらいいの? あ、でも、こいつをひとりぼっちにしたくはないから、死ぬとかそういうのはなしね。ほかの方向で」 「そ、そうすけ・・・・・・! 何言って・・・・・・っ! そんなこと簡単に言ったらだめだ・・・・・・!」  さとりは目を瞠った。  万が一、そんなことになってしまったらーー・・・・・・!   恐ろしい不安に、がくがくと身体が震える。そうすけはふっと笑うと、いっそ清々しいまでに開き直った表情でさとりを見つめ返した。 「だからさ、簡単なことなんだよ、さとり。お前は勘違いしている。俺はすべてを捨てたって構わないんだよ。お前さえ側にいてくれるなら」  さとりの瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。そうすけが慰めるようにさとりの身体を抱き寄せてくれる。  そうすけは龍神を見上げた。さとりを抱くその腕に、ぴりぴりとした緊張が漲る。 「ーーそれで答えは? 何をどうしたら、俺はすべてを捨てたことになるの?」 【ーーすべてを捨てても構わないというのか。そのちっぽけな妖怪のために。いまの生活も、知り合いも、人間としての生もすべてを捨てて】  そうすけは眉間にしわを寄せると、ちょっとだけ考えるそぶりを見せた。首をかしげる。 「人間の生ってどういう意味? いますぐ死ぬってことじゃないよな?」  龍神がふうっと呼吸を吐き出した。気のせいか、ふてぶてしいとも思えるそうすけの態度に呆れているようにも見える。 【そのモノと同じものになれるか。いまとは違う、異形の姿に。簡単に死ぬことも叶わず、気が狂うほどの永い時間を生きなければならぬ姿に】 「・・・・・・っ!」  とっさにそんなことはいけない、駄目だと言おうとしたさとりの口を、そうすけの手が止める。 「いいよ。そんなことですむなら、おやすいご用だ」 「そうすけ・・・・・・っ!」  さとりは悲鳴のような声を上げた。あまりのショックに、目の前の視界がぐらりと揺れた気がした。さとりは、ハッとした。龍神を見上げ、そうすけの提案を止めようとする。 「龍神さま! お願い、止めて・・・・・・っ! おいらのことはもういいから、どうかそうすけのことは・・・・・・!」 「さとり!」 【・・・・・・よかろう】  そのときなぜだか、理由はわからないが、さとりは自分を見つめる龍神の瞳の奥に、深い悲しみのようなものを感じた。  龍神さま・・・・・・?  雲が晴れる。さっきまで荒れていた嵐などどこかへ吹き飛んでしまったかのように、空には満天の星空がのぞいていた。 「すっげー。ほら、さとり見てみろよ。すごい星空だ」  いつの間にか、龍神の姿はそこになかった。停電で真っ暗だった街に、パパパ・・・・・・と電気が灯っていく。 「人間じゃなくなるって、もうそうなのか? 見た目が変わってる気はしないんだが・・・・・・」  さとり、どう思う? とそうすけに訊ねられて、さとりは頭を振った。見た目には何も変わっているようには思えない。 「いますぐじゃないってことか? よくわからないな。もっとわかりやすく説明してくれりゃあいいのに・・・・・・」  そうすけはブツブツと独り言を言うと、「まあいっか」と開き直ったように呟いた。 『難しいことや面倒なことは後で考えればいい』  それから、何も答えられないでいたさとりの手を取った。 「とりあえずは俺たちの家に帰ろう」

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