28 / 30
さとりの夏休み
さとりの夏休み
7月某日(火)。晴れ
朝からいい天気。
お昼にそうめんを茹でて食べた(最近はひとりのときでも火が使えるようになった)。ピンクと緑色の麺が一本ずつ混ざっていて、きれいだからそうすけに見せてあげようとサランラップを取ってきたら、リビングのテーブルの上で白いふわふわの妖怪がピンク色の麺を両端から引っ張り合うように遊んでいた。
「こら! だめだよ!」
慌ててさとりが叱ると、白いふわふわの妖怪は遊んでいたピンク色の麺をその場に残して、ぴゅーっとどこかへ隠れてしまった。
7月某日(日)。晴れ
そうすけと近所のスーパーマーケットへ出かけた。夏の果物がおいしそうで、目移りしてしまう。そうすけは何でもカゴに入れていいと言ったけれど、食べきれなかったらもったいないので、真剣に悩んでどれにするか決めた。さとりが選んだのは、そうすけが大好きなグレープフルーツとさくらんぼ、それからパイナップル。パイナップルは、少し前にそうすけが買ってきてくれたものを初めて食べた。口の中がしぱしぱしてびっくりしたけれど、慣れてくるとじゅわっと果汁が弾けてとてもおいしい。帰りにそうすけがバニラとチョコのソフトクリームを買ってくれた。
八月某日(木)。晴れ一時雨。
午前中、お風呂掃除をしていたら、いきなりザーッと激しい雨音が聞こえた。慌ててリビングへ戻ったら、バケツをひっくり返したような雨だった。きょうは仕事上がりのそうすけと「まちあわせ」をして、花火を見にいく約束をしている。そうすけに誘われてから、さとりはこの日を指折り数えて楽しみにしていた。中止になったらどうしようと不安になったけれど、幸いなことに雨はすぐに止んだ。
そうすけとは毎日会っているのに、「まちあわせ」をしたそうすけはいつもと違って見えて、なんだかどきどきしてしまう。
村に棲んでいたころ、人間たちが祭りで花火を上げているようすをこっそり覗き見たことはあるけれど、ちゃんと見るのは初めてだ。そうすけと一緒に見る花火は胸の中がいっぱいになってしまうほどにきれいで、帰りにそうすけが買ってくれたリンゴ飴は夢見るように甘くておいしかった。
八月某日(土)。晴れ。
大切なお客さまがきた。そうすけと血のつながった妹だという。初めて会ったころのそうすけをもう少し小さくしたような男の子も一緒だ。知らないひとが怖いのか、白いふわふわの妖怪はどこかに隠れてしまった。
一緒に暮らしている人がいると、そうすけが前もって話をしてくれのか、さとりがいてもそうすけの妹に驚いたようすはなかった。ただ興味深げにじっとさとりを見た。
キッチンでお茶を淹れているとき、リビングでそうすけたちがさとりを見て何かを話していた。
さとりはドキドキした。何か粗相をして、そうすけの大事な家族に嫌われたらどうしよう。これまでさとりはそうすけ以外の人間からよく思われたことはない。
緊張して手が震えてしまい、うっかりお茶を零してしまった。そうすけは何てことないと言ってくれたけれど、お茶のひとつも満足に淹れられないことに、さとりはすっかり落ち込んでしまった。
やっぱりおいらは役立たずだ……。
しょんぼりと肩を落としたさとりに、そうすけの妹はにっこりと笑ってさとりの淹れたお茶を「おいしい」と言ってくれた。
それから四人で、そうすけの妹が買ってきてくれたケーキを食べた。そうすけに似た小さな子どもは甘いものが好きらしく、さとりがショートケーキに乗っていたイチゴをおそるおそる差し出すと(本当はさとりも好物だ)、躊躇いもなくぱくりと食べた上、膝の上に乗ってきたからびっくりした。
帰り際、そうすけの妹は「お兄ちゃんをよろしくお願いします」とさとりの手をぎゅっと握った。
「こ、こちらこそ!」
腰が抜けるかと思うくらいにびっくりして、こくこくと頷くさとりを、そうすけは照れくさそうななんともうれしそうな顔で眺めていた。
八月某日(水)。曇り。
そうすけが龍神さまに話があるという。前から不思議に思っていたけれど、そうすけはなぜだか龍神さまが苦手らしい。それなのに、いったいなんの用があるのだろう。
不思議に思いながら、さとりは夜ベランダから、
「龍神さま、龍神さま、そうすけが話があるので出てきてください。どうかお願いします」
と必死に願った。
さとりの声が届いて、龍神さまがそうすけのもとに現れてくれるといいけれど……。
八月某日(月)。晴れ。
すごい、すごい、すごい。
そうすけが「夏休み」というお休みで、これから一週間もお仕事へいかず、一緒に過ごせるという。しかも「かいがい旅行」へいくという。「かいがい旅行」ってどこにあるのだろう。前にそうすけと一緒にいった「おんせん」くらいに遠いのかな? それともおいらの棲んでいた村くらいかな?
何日分かの着替えも用意して、「ひこうき」というやつにも乗るという。さとりはそうすけと一緒だったら、特別なことをしなくてもうれしいけれど、そうすけはさとりがこれまで知らなかったものや、見たこともないようなきれいな景色をたくさん見せたいのだという。そういうときのそうすけはとてもやさしい目をしている。みんなから嫌われ者のおいらのことを、大好きだという気持ちが伝わってくる。そんなとき、さとりは悲しくないのに胸がいっぱいになって、泣きたい気持ちになってしまう。
そうすけと出会って、さとりは一生分とも思える幸せをたくさんもらった。さとりも同じくらいそうすけを幸せな気持ちにしたいのに、そうすけはいまのままで充分幸せだという。
おいらはそうすけのために何ができるのかな……?
***
夏休みに三泊四日で海外旅行の計画を立てた。さとりはもちろん海外は初めてだ。前に芸能人が海外を訪れてさまざまな体験をするという旅番組をやっていて、壮介はたまたまそれをさとりとリビングのソファで一緒に見ていた。
「そうすけ、お水が透き通ってきれいだね。きらきらしてるね」
透明度が高く、日本とは明らかに違う色をした海を見て、さとりはにこにこしながら言った。
「いってみたいか?」
『さとりをこの場所へ連れていってあげようか』
本人の意思とは関係なく他人の心を読んでしまうという能力ゆえ、さとりはこれまでつらい思いをたくさんしてきた。それなのに、さとりはどんなにひどいことをされても、傷つけられても、相手を恨むということがない。
さとりが見たいと思う景色はすべて見せてあげたい。さとりの望むものはすべて叶えてあげたい。
本当にこの景色をさとりに見せてあげようか、という思いが壮介の胸に浮かんだ。
自分が掛け値なしにさとりに惚れている自覚はあった。そう、すべてを捨ててもいいと迷いなく思えるほどにはーー。
「さとり?」
背後からさとりの身体を抱きしめるように腰に腕をまわすと、さとりはその場で飛び上がらんばかりにびくっとした。耳たぶから首筋までがじわじわと染まっていく。ああ、かわいいなと思ったら、もう駄目だった。胸の中があたたかなものに包まれ、愛しさが満ちる。同時に抱きたいなという欲求も生まれた。無意識のうちにさとりの腰にまわす腕に力がこもる。
「そ、そうすけ?」
壮介の心の声を読んだように、さとりが腕の中でびくりとする。その目は驚きのあまり、大きく見開かれていた。
「す、するの……?」
まるで小鳥のように、早鐘を打つさとりの鼓動が伝わってくる。
ああ、くそ。めっちゃかわいい。死ぬほどかわいい。
さとりと再会するまで、壮介は自分が淡泊なほうだと思っていた。子どものころからそれなりに物事を器用にこなせたため、必死で何かを求めた記憶もほとんどない。
それがさとりが相手だとすべてがひっくり返ってしまう。これまで自分が信じていたものなどなかったかのように、新しい世界が広がっている。壮介は、見栄を張って格好つける余裕もないほどさとりに惚れていた。その愛情の深さは底なし沼のように果てがなく、自分でも恐ろしいほどだ。
「……いやか?」
『お前を抱いてもいいか?』
目の前の滑らかな頬に唇を寄せた。欲望を隠したつもりが、低く掠れた声からみっともないほどに余裕のなさが自分でもわかった。
さとりは零れんばかりに目を瞠ると、真っ赤な顔でぶんぶんと頭を振った。
「い、嫌じゃないよ。おいらもそうすけとしたい……!」
タヒチは、南太平洋フランス領ポリネシアに属する島で、南太平洋有数のリゾート地として知られている。日本からは直行便で約11時間。そこから軽飛行機で10分ほどの場所にモーレア島はある。緑が濃い山々の周囲をブルーラグーンが囲む雄大な自然に恵まれた島だ。
さとりは飛行機に乗ることも初めてなら、国内の旅行も以前壮介といった温泉旅行くらいしかない。せっかくだからと壮介はさとりのため、新しいスーツケースを用意した。それから新しい着替えが何枚かと、海水パンツも買った。海外旅行がどんなものなのか想像もつかないさとりは、自分のものだという大きなスーツケースを前にして、目をぱちくりさせ、いったい何を入れればいいのだろうとおろおろしていた(悪いがそのときのようすはめちゃくちゃかわいかった)。
今回さとりのパスポートは、龍神と交渉して用意させた。いったい龍神がどんな手を使ったのかはわからないが、さとりのパスポートを目の前にしても、実際に日本を発つまでは、壮介は木の葉か何かに変化してしまったらどうしようと、内心ハラハラしていた。
日本を出立する際、実はちょっとしたトラブルがあった。うちにはペットとは違うのだが、さとりに懐いている白いふわふわの妖怪が二匹いる。前に温泉旅行へいったときには、留守番させられたことに腹を立てた白いふわふわの妖怪から仕返しのように部屋の中を荒らされた。そうはいってもまさか海外旅行にあの二匹を連れていくわけにはいかない。今回の旅行の前、壮介は心配そうなさとりのようすには気づかないふりをして、白いふわふわの妖怪たちに大人しく留守番をしているよう、よく言い聞かせた。ところがその白いふわふわの妖怪たちが、スーツケースの中にこっそり忍び込んでついてきてしまったのだ。
搭乗の時間は迫っている。いまさら家に戻る余裕はないし、白いふわふわの妖怪は頑としてさとりの側から離れまいとする。結局、ほかの人間には見えていないことを考慮して、どきどしながらチェックインをすませ、無事に飛行機が離陸したときには心底ほっとした。
しかし、タヒチからモーレア島へ向かう軽飛行機に乗り換えたころから、肝心のさとりのようすがおかしくなった。急に口数が少なくなって、何かを堪えるようにその瞳を零れんばかりに大きく見開き、唇はきゅっと噤まれている。
「さとり大丈夫か?」
『疲れたか?』
長時間のフライトで疲れたのかと壮介が心配すると、弾かれたようにさとりはぶんぶんと頭を振った。
「だ、大丈夫!」
けれどさとりは拳を握りしめると、またすぐに黙ってしまった。
さとりに喜んでもらいたくて計画を立てた今回の旅行だったが、ひょっとしたら失敗したか……?
壮介が内心で不安になったころ、目の前に美しいエメラルドグリーンの海が広がった。高く澄んだ空の下、透明度の高い海には、色鮮やかな熱帯魚が泳いでいるのが見える。そのとき、壮介はさとりの目から涙がぽろぽろと零れているのに気がついた。
「さ、さとり!? どうした、何があった!?」
『本当は海外旅行なんてさとりはいきたくなかったのだろうか。さとりが喜ぶと思ったのは、自分の思い込みに過ぎなかったのか?』
泣いているさとりの肩を抱き、おろおろと慌てる壮介に、さとりはふるふると頭を振った。
「ち、違うの、おいら、こんなきれいな景色を見たことなくて。そうすけがおいらのためにここまで連れてきてくれたと思ったら、うれしくてどうしたらいいかわからなくなって……」
それきり言葉が続かないとばかりに黙るさとりの瞳は涙に濡れ、けれど喜びにきらめいていた。
「なんだ……」
『うれしくて泣いているのか……』
さとりが泣いている理由がこの旅行が嫌だったわけではなく、ただ感情の許容量を超えてしまっただけだと知って、壮介はその場に崩れ落ちそうなほどほっとした。
「○×△☆■○!」
現地のガイドが壮介たちを見て、指を「グッド」のかたちにする。何を言っているのかわからなかったが、その表情から仲直りをしてよかったとでも言っているのだろうか。
壮介はさとりの肩を抱きながら苦笑いすると、ほっと呼吸を吐いた。
壮介たちが宿泊するホテルは全室が水上コテージになっていて、水平線から上る朝日と沈みゆく夕日の両方を見ることができるらしい。広々としたアジアンテイストの部屋からはすぐ海に出ることができ、ウッド調の家具と白いリネンのカーテンや寝具が開放感と清潔感を醸し出している。各コテージの下には珊瑚が養殖されており、開閉可能なガラステーブルからは魚に餌を撒くこともできるという。
「そうすけ、見て見て! お魚が泳いでいるよ!」
さとりはパタパタと部屋の中を見てまわると、ガラステーブルの下を泳ぐ色鮮やかな魚を見て目を丸くした。さとりの横で、白いふわふわの妖怪は魚たちを捕まえようとしているのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ビーチが目の前にあるオープンテラスでランチにした。店内の雰囲気もよかったが、壮介たちは外のビーチ席を選んだ。パラソルの下、目の前に広がるオーシャンビューを眺めながらの食事は最高だった。潮風が肌を撫で、椰子の葉を揺らす。まずは生のパイナップルジュースで乾杯した。さとりは始終うれしそうだった。目の前の景色に瞳を輝かせ、落ち着かないようすできょろきょろと辺りを見渡しては、ボリューム満点の料理に目を丸くさせる。料理は美味しかったが、巨大なパフェみたいなデザートのアイスが出てきたときには、思わず互いに顔を見合わせてしまった。一瞬の間の後、弾けるようなさとりの笑い声が聞こえた。
腹ごなしのためにビーチの周囲をゆっくりと散策して、部屋に戻って少しだけ昼寝した。それから水着に着替え、再び海に出る。海で泳ぐのが初めてだというさとりは、最初は海水が顔にかかるのさえおっかなびっくりだった。不安そうに壮介の腕にしがみついてくるのがかわいくて、それでも泳ぎ自体は元からできたので、さとりはすぐにコツをつかんでひとりで泳げるようになってしまった。
大変だったのはむしろ白いふわふわの妖怪たちだった。朝露を好む彼らは、目の前に広がる海が自分たちの食事だと思ったらしい。うきうきと食べようとしたら、思いがけず海水が塩辛いのにびっくりして、それがまるで壮介のせいだとばかりに濡れてぺしゃんこになった毛を今度は怒りで膨らませるから、勘弁してほしかった。
異国の海で、壮介は仰向けにぷかりと浮かんだ。目の前には日本とは明らかに違う色をした空が広がっている。ときおりさとりが白いふわふわの妖怪たちと楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきて、壮介は多少の無理をしても連れてきてよかったと思った。日常とはかけ離れた穏やかで心休まるひとときに、壮介は海に浮かんだまま目を閉じた。そのときだった。
「あ! や、だめ! そうすけ……っ!」
慌てたようなさとりの声が聞こえて、壮介ははっと目を開けた。
「どうしたさとり!?」
壮介が何かあったのかと身を固くして構えると、そこにはさとりの海水パンツを咥えて泳ぐ白いふわふわの妖怪と、真っ赤な顔で困惑したようにもじもじするさとりの姿があった。
夕食後、さとりとビーチに出た。コテージの明かりがロマンチックに灯る中、人気のないビーチをさとりと手を繋いで歩く。
「すごいな……」
星降る空の下、まるでこの世のものとは思えない美しい景色を前にして、壮介は言葉を失った。
「昔ね、おいらの棲んでいた村でもこんな星空が見えたよ。空を見上げると星がきらきら瞬いていて、すごくきれいで、一晩中飽きることなく眺めることができたよ」
いまでは人工物の明かりに紛れて、こんな景色を日本で見ることは難しいだろう。壮介の傍らで昔話を語るさとりの表情は穏やかで、にこにことうれしそうに見えた。
壮介と再会するまで、さとりはひとりで生きてきた。壮介からしてみたら、気の遠くなるような長い時間をたったひとりで。壮介はさとりとの約束を忘れていたのに、さとりはそんな壮介の元へ勇気を出して会いにきてくれたのだ。もう一度会えたら消えてしまうかもしれない覚悟を持って。
ふいに、突き刺すような胸の痛みに襲われた。
「ごめん、さとり……!」
『ごめん……!』
なぜ自分はさとりとの約束を忘れることができたのだろう。さとりをひとりにすることができたのか。
悔やんでも悔やみきれない思いに、壮介はさとりを抱きしめた。
「そうすけ?」
壮介の腕の中で、さとりはもぞもぞっと身動きした。他人の心を読んでしまうさとりは、当然いまの壮介の後悔も聞こえてしまっているのだろう。
「あのね、おいら大丈夫だよ?」
さとりの手が壮介の頭に触れる。その手が慰めるようにそっと、何度も優しく壮介の髪を撫でた。
「さとり?」
壮介が身体を離すと、さとりはにこにことうれしそうに笑っていた。
「おいらね、そうすけと会えてすごくうれしかった。村でおいらはいつもひとりだったけど、いつかまたそうすけに会えると思ったら、ちっとも寂しくなかったよ。それにね、おいらにはこれがあったから……」
さとりはごそごそとTシャツの襟元を探ると、いつも首から下げて身につけている紫水晶を取り出した。
「もしかしてそうすけに会えたのが夢かなって思ったら、そうすけがくれたこの石がそうじゃないよって教えてくれたの。この石をね、ぎゅっと握りしめると、胸の中がなんだかあたたかくなって、そうすけと会ったときのことを思い出すことができた。だからね、おいらはちっとも寂しくなんかなかったよ」
「そうか……」
くふふ、とさとりが幸せそうに笑う。壮介は胸にこみ上げるものをぐっと堪えると、さとりを腕に抱きしめた。そうすけ? と訊ねるさとりの目から目尻に滲むものを隠すように、壮介は柔らかなさとりの髪に額を押しつけた。
『さとり』
「……愛してるよ」
愛しているなんてセリフは、外国か映画の中だけの言葉だと思っていた。けれどその存在を腕に抱いて真摯に自分の気持ちに向かい合えば、ほかに相応しい言葉など見つからないのだった。
同情なんかじゃない。たださとりを想うと、壮介の中で溢れんばかりの愛情が湯水のように湧き出てくる。それを愛といわずになんと呼ぼう。
「おいらも、おいらもそうすけが好き! 大好き!」
さとりの手が壮介の背中に回され、ぎゅっとしがみつく。壮介はさとりの頬に手を添えると、そっと口づけた。
コテージに戻るなり、壮介はさとりを強く抱きしめた。キスを深めながら、シャツの裾から普段よりもしっとりと熱を帯びたさとりの肌に触れる。壮介の愛撫に応えるように、くたりと身体から力が抜けたさとりを抱き上げると、寝室へと向かい、ベッドに横たえた。
「ふぅ……ん、あ! そうすけ……っ」
潤んだ目元を淡く染め、甘やかな吐息を漏らすさとりが可愛くて愛しくて、逸る気持ちを抑えることができない。
『好きだ』
「さとり」
『愛してる……』
さとりの首筋に鼻を押し当てるようにきつく肌を吸うと、さとりがびくっと身体を震わせた。
ザン……ッと波の音が聞こえた。青い闇の中、月明かりが落ちる室内に、薄いリネンのカーテンが風に揺れる。
さとりの服に手をかけたら、その指がなぜか白いふわふわの妖怪に触れた。
「……お前たちは邪魔」
どうしたの? と問いかけるさとりの目元にキスを落とすと、壮介は何かを主張するようにぴょんぴょんと跳ねる白いふわふわの妖怪を指で摘み上げた。
「ちょっと待っててな」
さとりに言い置き、大急ぎでリビングへいくと、二匹をソファにぽとりと落とした。一刻も早くさとりの元へ戻りたくて、いささか雑な扱いになってしまったのはわざとではなくて不可抗力だ。
「頼むから大人しくしててくれよな」
案の定怒って抗議する白いふわふわの妖怪をその場に残して、急ぎ寝室へ戻った壮介は、ベッドの上で気持ちよさそうに眠るさとりを見て脱力した。
「そりゃああれだけはしゃげば疲れるよな……」
何しろ長時間のフライトから海外旅行まで、さとりにとっては初めて尽くしだったのだ。疲れて寝てしまってもさとりを責められない。上半身は壮介に中途半端に剥かれたまま、しどけない姿で眠るさとりはひどく目の毒で、壮介はやり場のない思いを内心で叫ばずにはいられなかった。
『さとりが何と言おうと、やっぱりあいつらを日本に置いてくればよかった……!』
けれどぼんやりとした月明かりに照らされて眠るさとりはひどく幸せそうで、壮介を穏やかな気持ちにさせた。
この先さとりが二度と傷つかないですむよう、悲しい思いをしないよう、壮介は力の限りを尽くすつもりだ。もう二度とさとりをひとりにはさせない。そのためなら、自分は何だってするだろう。
何か楽しい夢でも見ているのか、目を閉じたままさとりがうれしそうに笑う。それを見た壮介の口元も自然に綻んでいた。
「おやすみ、さとり」
どうかよい夢を。夢の中でも、お前が笑っていられますようにーー。
壮介はさとりの髪を梳くと、額にキスを落とした。それからさとりを起こさないよう、そっと毛布をかけてやった。
***
八月某日(金)。晴れ。
「かいがい旅行」はとても楽しかった。初めて「ひこうき」に乗って、テレビで見た宝石みたいなきらきらした海で泳いだ。目にするものや、口にするもののすべてがこれまでさとりが知っていたものとは違った。毎日長い時間ずっとそうすけと一緒にいられて、まるで夢の中にいるみたいにうれしくてふわふわしていた。
そうすけは、おいらのことをとても大事にしてくれる。おいらが傷つくことがないよう、まるで自分のこと以上に心配してくれる。それはバチが当たるんじゃないかと思うくらいにうれしくて幸せだけれど、本当はもう大丈夫なんだよ。
おいらはもう傷ついたりなんかしない。ひとりぼっちなんかじゃない。これから先、例え何があったとしても、おいらもそうすけを守りたい。そうすけがいつでも笑っていられるよう、そうすけがおいらを想ってくれるみたいに、そうすけのことが守りたい。
いろんな神さま、そして龍神さま。どうかそうすけがいつまでも元気で幸せでありますように。願わくば、いつまでもそうすけと一緒にいられますように。どうかお願いします・・・・・・。
八月某日(土)。お昼ごろににわか雨。
留守にしていた間埃がたまっていた部屋を掃除して、洗濯機を回した。そうすけと一緒にお昼ご飯を作って、リビングで食べた。
雨あがり、とてもきれいで大きな虹が出ていた。そうすけとベランダに出て眺める。
きょうもあしたも、ずっと幸せ。
END
ともだちにシェアしよう!