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Happy Halloween!
渋谷のスクランブル交差点で人間たちが度を越して騒ぎすぎ、昨日は逮捕者まで出たというニュースを、さとりはリビングのソファで白いふわふわの妖怪たちと見ていた。大きな交差点で、たくさんの人間たちがおかしな格好をして騒いでいる。
「今夜はハロウィンっていうんだって。普段とは違う格好をしてね、なんていったかな……、ああそうだ! ……えっと”とりっくおあとりと”って話しかけたら、お菓子をたくさんもらえるらしいよ」
お菓子という言葉に反応して、白いふわふわの妖怪がぴょんぴょんと跳ねる。もちろん自分たちもするのでしょ? と言わんばかりの二匹のようすに、さとりは「えっ、おいらたちもするの?」と驚いた。
***
局を出た壮介は、街が普段よりも人で多いことに気がついた。週末まではまだ二日もあるのに、駅前は休日の歩行者天国かと思うような賑わいだ。途中、若い親子とすれ違った。小学生くらいの女の子は、絵本などに出てくるお姫さまのような衣装を身につけていて、ああ、今夜はハロウィンかとようやく気がついた。
あ、そうだ、そろそろシャンプーが切れそうだったな。
基本、家の中のことはさとりが引き受けてくれる。家事なんてできるほうがすればいいし、週末自分が休みのときにまとめてしたって構わない。一日や二日掃除をサボったって、死にはしない。
無理はしなくていいぞという壮介の言葉に、さとりは意味がわからないといったきょとんとした表情を浮かべていた。ーーいや、実際に無理をしているようには見えなかった。それどころか楽しそうでもある。
確かに再会したばかりのころは、洗濯のやり方を知らなかったさとりは脱衣所の床を一面泡だらけにするという失敗をしでかしたが、本人の努力の甲斐もあって日々着実に家事の腕を上げている。それでもなるべく重たいものは自分が買おうと、壮介は密かに決めていた。
ドラッグストアでシャンプーの詰め替えとティッシュ、それからトイレットペーパーも安かったのでついでに購入した。ややかさばるが仕方がない。左手には、局の女の子からもらった最近SNSなどで話題になった店のプリンが入った箱を提げている。前に壮介が取材先で出された焼き菓子がおいしかったので、さとりの土産用にこっそり買っていたのを見られたからだ。翌日には、荻上さんは普段は我慢しているけど、実は甘いものが好きらしいよという噂が局内で飛び交っていた。それからときどき甘いものを差し入れにもらうようになってしまった。
マンションの入り口で管理人に頭を下げ、エレベーターを上がった。
「さとりー、ただいまー、いま帰ったぞー」
「お、おかえりなさい!」
なぜか部屋の奥から慌てたような声が聞こえるが、肝心のさとりの姿は見えない。普段なら飛んでくるように出迎えてくれるさとりの姿がないことを不思議に思いながら、三和土で靴を脱いだ壮介が部屋の奥で目にしたものとはーー。
「そうすけ、とりっくおあとりと!」
真っ赤なコスチュームを身に纏い、丈の短いパンツの裾からすらりと伸びた足を晒したさとりが、赤い顔でもじもじしている。その手にはなぜか壮介の靴下が大切そうにぎゅっと握られ、こちら側に向けられていた。さとりの横では、パーティーなどで被るような三角帽をつけた(ただし市販のものではなく、よく見れば折り込み広告で作られたさとりのお手製のようだ)白いふわふわの妖怪たちがぴょんぴょんと跳ねている。
「さ、さとり!?」
さとりが身につけているサンタの衣装は、明らかに見覚えがある。それは去年つき合いでいったクリスマスパーティーでサンタのコスプレをしたさとりがあまりにかわいくて、結局後で壮介がこっそり買い取ったものだった。それから幾度かさとりに着てみないかと平静を装って訊ねてみては、恥ずかしがるさとりから申し訳なさそうに断られていた。
『いったい何があったんだ!?』
本音をいえば悶絶もののさとりのかわいさに、いますぐにでもソファに押し倒したかったが、さすがにそれはまずい。
「その格好はどうしたんだ?」
まずは話を聞いてからだと、壮介はさとりの腰に手を回すと、ソファに並んで腰を下ろした。
予想とは違ったのであろう壮介の態度に、さとりは目に見えてあれ? という表情を浮かべた。おいらまた間違った? というさとりの心の声が聞こえてくるようだ。
『あー、くっそ。めっちゃかわいい……!』
「とりっくおあとりと? ……あ、あれ?」
その目が落ち着かなさげにうろうろと泳ぎだし、次第に頬がじわじわっと紅潮した。さとりの横では白いふわふわの妖怪たちが何か不満でも述べるように、激しく飛び跳ねている。
「くー……っ!」
『めっちゃかわいい! 死ぬほどかわいい!』
そのときの気持ちをなんて表現しよう。壮介は二匹のふわふわを指で摘んでぽいっと放り投げると、唇を「あっ」のかたちに開いたさとりを抱きしめた。
「そ、そうすけ……? だ、大丈夫? おいらまた間違えた?」
何かあったのだろうかと、心配そうに自分の背中に腕を回すさとりを、壮介はぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「いや、全然間違いじゃない。これっぽっちも間違いなんかじゃない」
さとりの姿は、仮装というよりはむしろコスプレだ。何をどう勘違いしたのか壮介には思いもよらないが、さとりの勘違いは自分にとって幸運以外の何物でもない。
『はー! 神さまありがとう!』
こんなときとばかり都合のよい言葉を内心で叫びつつ、壮介は目をぱちくりとさせるさとりに口づけた。
「Happy Halloweenさとり」
「ハッピーハロウィン?」
さとりが首を傾げながら、にこにこと壮介の言葉を真似る。
その後、壮介がさとりの衣装をきれいにペロリと剥いて、何よりもおいしいお菓子をいただくことになったのは言うまでもない。
END
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