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第4話 元カレ

四、蒼い波、南西の風に乗って、僕らの夏が来る ー 元カレ ー 民宿の風呂から戻ると、 桟橋では隣に停泊したヨットの人たちと賑やかに会話が弾んでる。 「 お兄さん釣りすごいね、シマアジ3本も釣ったって?」 ヨットマンの人達の誉め言葉から僕が寝てる間に要さんそんなに釣ったんだとびっくりする。 「 はは、相性っかな〜」 要さんは三枚に下ろしクーラーボックスで寝かしたシマアジを刺身にする。その手際が鮮やかで皆一様に囃し立てる。 「 板前さんなの?」 隣のメンバーの女性がしげしげと要さんの手元を覗くと、葉ちゃんは不愉快そうな顔をして要さんの隣でお皿を抱えてる。ちょっと拗ねた、そんな顔をするんだな。 なんとなく視線を外してふっと少し離れた堤防を見ると秀樹さんが海に何かを下ろしてる。僕が近づくと、 「 蟹だよ、小さい蟹網仕掛けとこうと思ってさ 」 「 ホント、秀樹さんってマイペースだな 」 「 今日のハルトには負けるよな、寝っぱなしだもの 」 と笑われた。 葉ちゃんと秀樹さんが民宿で貰った鯛のアラを使ったあら鍋が煮えると、益々周りの人たちの酒も進みなんとも賑やかな宴会で夜が更ける。 夜の湾に吹く風も心地よく楽しいけど、結局葉ちゃんとは少しも二人で喋れなかった。 少しがっかりしながら洗い場で調理用具の片付けをしていると、 「 ハルト、それ終わったら散歩に行こう 」 背中から声がかかった。 え?秀樹さん? 「 う、うん。もう少しで終わるけど後の二人は?」 「 あー要と葉ちゃんは女の人達に捕まってる 。 葉ちゃんなんて、磯で見たのウミウシの話を絵を描きながらするもんだから大人気よ 」 「 そうなんだ 」 一番モテそうなのは秀樹さんなのにと不思議に思いながらも、 こっちと言われてついて行く。 二人も歩けばいっぱいの坂道を登る。道の脇の木屋は、昼間はくさやの工場なのに夜は静かな帳を下ろす離島の景色。 ヨットでは常に一緒の秀樹さんだからか余計に何も言わなくてもいい。 静かな暗闇がゆっくりと歩く僕たちを優しく迎えてくれる。 「 葉ちゃんとは、友達? 付き合ってるの?」 「 うん、とも いいえ、とも言えないくらい 」 「 そっか……」 やがて居心地の良い坂道は終わる。坂のちょうど高いところから遠くの海の漁火がキラキラと反射する。 目を転じると近くに見えるあの灯火は、 「 この方向だと利島、新島、式根の灯台だよね 」 秀樹さんもうんと頷くと、 「 ここは島が連なってるからよく灯が見えるな…… 明日はどうするかな、磯で遊ぶなら大島がやっぱりいいか。要は釣り以外は選択ない、だろ? 」 笑いながら話す秀樹さんの声を聞きながら、石垣のハイビスカスの花の香りは夜遅く少し涼しくなった道端で色濃く香った。 「 ハルトは要、どう思う? 凄く親しくなったみたいだけど。 要はさ、 俺の友達。っていうよりも、 元彼。なんだよな 」 単語を並べる様な、唐突な秀樹さんのカミングアウトに僕の頭は真っ白になる。 驚いて見返すと、秀樹さんのひとみが琥珀色になっていた。海に白波が立っている時と同じで真剣な時の秀樹さんの眼だよね。 「 あ、、」とか、「 そう 」とかしどろもどろに返事をしながら、 その後はどう夜道を帰ったのかわからない。 だけどその言葉を発端に僕の中ではこの旅は確かに形を変えた。

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