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第32話
「考えましたが、引き受けるしかない状況に変わりないですよね。断っても殺されるんですよね」
本部長室に入るとシェンはソファーに腰を下ろしながら率直に問いかける。
本部長はにやりと笑い、そうとは言わずにただ引き受けてもらえると思ったよと呟く。
「ところで、オメガ男を身請けする話はどうするのかな。君のためにも別れた方がいいと思うのだよ」
まるで身内の叔父さんのような言い方に、シェンは不快そうに眉をひそめる。
金が必要な理由がなくなるというのに、何故だ。
本部長を食い入るように見返して、首を横に振る。
「オレは彼を愛しています。例え騙されていたとして、逃げられたとしても構わない」
青臭い純愛男の役割はこんなものでいいだろうか。
たしかに、話に聞くオメガ性は運命の番とやらがいて、運命に勝つにはアルファ性が首を噛んで自分の番にするしかない。
ベータには所詮太刀打ちなどできない。
言っていることは、ひどく良くわかる。
ベータがオメガと恋に落ちたとしても、アルファに奪われてしまうのがオチだ。
世間では、それが通説だ。
だから、ベータはオメガにもアルファにも恋はしない。心の平和のために。
「辛い思いをするよ。それに.....君は既に彼に裏切られているよ」
喉を鳴らして笑う男に、バンと机を叩いてシェンは身を乗り出す。
遠野とのことだろうか。
しまったな。
どうやら統久の方にも監視が働いたらしい。
「彼の仕事のことは理解してますよ。ほかの男に体を開くこともあるかと」
「イライズ君、君は仕事のことは彼には漏らしていないね」
確かめるように本部長は、シェンに尋ねる。
「はい....守秘義務ですし......」
まあ、盗撮はいつもされていたのだろうが、ボロは出して無いはずだ。
本部長はこくこくと頷いて、それならばいいと伝える。
「なら、良かった。とりあえず、仕事の話に戻る。」
含みのある言葉に焦りそうになる自分を抑えて、本部長を見返す。
「彼には何かあるんですか」
「後で話そう。まずは、仕事を引き受けてもらおう」
本部長はポケットからスティックを取り出すと、手を伸ばしてシェンの首筋に当てる。
「ッて、ェ」
チクッとした痛みにシェンは思わず本部長の腕を払うと、にやりと笑いを返された。
「今日見せたカプセルの中身をナノマシンに入れ替えて君の体に入れたよ。特殊なナノマシンでね、運び先の施設でないと体外に出せない仕組みだよ」
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