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第50話
発情期ではないだろうが、溢れるフェロモンの濃さにベータであるシェンであっても充分にくらくらとする。
気だるげにベッドで起き上がる彼は、警告音への焦りはなく、ただ警戒するようにシェンを見上げている。
演技、ではないな。
「迎えに来た。ここは危ない逃げるぞ」
拘束はされてないのを確認して腕を掴むと、統久は目を開いて首を横に振る。
「この部屋から出たら、いけない」
まるで洗脳されているかのように、恐怖を浮かべて何度も首を振る。
「そんなことより、お兄さんも愉しいことしにきたんでしょ」
誘うような表情を浮かべて逆に腕を引いて、手を胸もとへと寄せる艶めかしい仕草に、シェンはごくりと唾を飲み込む。
「悪いが時間ない。後で愉しいことはしよう」
タオルケットを統久にぐるっと包むようにかけて肩口で結んで無理矢理ベッドから引き摺り降ろす。
あと、5分もないな。
さっさとココを出ないとまずい。
「ここから出たら俺は息ができなくなるって、ウォンが言ってた」
「ウォンバットは嘘つきだ。信じるな。流石にアンタを抱えては逃げられないからな、しっかりついてこい」
自分より鍛えられた重たい身体を抱き上げるなどできないと、シェンはそのまま腕を引いて部屋を出る。
「ダメだよ……ウォンに怒られる」
すっかり記憶も何もかも消されてしまったからなのか、強情に嫌がる統久にシェンはじっと強く見返すと、言い聞かせるように告げる。
「オレを信じろ」
部屋の扉をぐいと開けて外に出ると、屈強そうなSPを連れたスーツの男が目の前に立ち塞がる。
すぐに胸元から、銃を取り出して構える。
「ウォン……、ごめんなさい。この人が……無理矢理」
泣き出しそうな口調で声を震わせる統久に、シェンは眉をグッと寄せる。
記憶を無くしたとしても、精神力の強い統久にここまで恐怖心を植え付けるために、何をしたかなんて考えたくない。
「君は……」
「シェル·イライズと名乗っても、分かるか」
シェンは、恐慌に陥っている統久の手をギュッと強く握る。
「ああ、運び屋か。彼は死んだと伝えたのに、取り戻しにくるとは。騙されていたのに殊勝だね。でも、残念ながら彼はもう、君のことは覚えていないよ」
にこりと笑いながら、淡々とした表情でレーザーガンの銃口を向ける。
「ハッ、騙されてはいないさ」
SPの動きに気を払いながら、銃の切っ先を変えずに指輪のボタンを押す。
ぐわんと近くで音が響き、統久のいた部屋が業火に包まれる。
「第73部隊、FIF83962 シェン·リァウォーカー。それがオレの名前だ。コイツはオレの上官だからな」
爆音と業火に慌てるSPの隙を狙い、シェンはウォンバットの股間に向けてレーザーガンを発射し、その脇を駆け抜けた。
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