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宮本が失踪なんてどういうことだよ!?4
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その昔、三笠山の峠を本拠地として走り込んでいた雅輝は、駐車場の傍にある湧き水のことを当然知っていて、俺様や橋本さんに流暢に説明する。
「俺の親が生まれる前からある古い湧き水で、地元の人がよく汲みに来る場所なんだよ。祠の存在は知らなかったな」
「宮本のメモによると、パワースポットと書いてあったが、雅輝には縁がなさそうだもんな。知らなくて当然じゃないのか?」
「江藤ちんそれって、俺が今まで恋愛に無縁だからって言いたい感じ?」
自分と付き合った後、誰とも付き合わなかったことを含めて言い放ってやったら、雅輝は予想通りに食いついた。
「そこまで言ってないだろ。現在進行形で楽しそうに恋愛を謳歌してるヤツに、そんな嫌味を言わないって」
「江藤さんも雅輝も、ツッコミどころ満載の漫才を車内で披露しないでくれ。面白すぎて、俺が急ハンドルしたらどうするんだ?」
橋本さんの合いの手が絶妙に入り、車の中はそれなりにいい雰囲気だった。これから行方不明の宮本を捜索するという大変な大仕事をしなければならないプレッシャーが、少しだけ軽くなる。
「橋本さんがいてくれて、本当に助かりました。俺様と雅輝だけだと、どうしても暗い方に話題がいきそうで……」
頼り甲斐のある橋本さんに、本音をポロリとこぼしたら、助手席にいる雅輝がわざわざ振り返る。
「江藤ちん、悪かったね。頼り甲斐なくって!」
「それがわかっているから、あえて橋本さんを呼んだんだろ?」
図星を突いたら、一瞬だけ目を大きく見開いたあと、まぶたを伏せながら体勢を元に戻す。
「大事な弟が山で遭難なんていうアクシデントに、平静でいられる兄貴じゃないから。迷うことなく、陽さんに頼っちゃった」
「橋本さん、お仕事大丈夫なんですか?」
「ラッキーなことに、今日はオフだったんです。雅輝は仕事だし暇してたところなんで、俺としては助かりました」
社会人の平日の休みほど、貴重なものはない。普段できないことをする予定があったかもしれないというのに、この神対応に頭が下がるばかりだった。
「すみません、橋本さんの貴重なお休みの日なのに」
「陽さんごめんね。疲れてない?」
ふたりそろって、橋本さんの体の心配をしてしまう。ハイヤー運転手という接客業――しかもただのハイヤーじゃなく黒塗りのハイヤーなのだから、乗車するお客様は会社の上客なのは間違いない。
自分が腰をおろしている革張りのシートの座り心地の良さを堪能できないのは、そういう質のいい客じゃないせいだろう。
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