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レクチャーⅣ:そういうことだよ!?7

***  竹を割ったような性格の自分にしては、もやっとした感じのはっきりしない夢を見た。分からないくせになぜだか胸の真ん中がほっこりして、幸せを感じるものだった……ような気がする。  自分の置かれている立場や、常日頃から精神を苛立たせるバカな後輩のやり取りなど慌ただしい生活の中で、久しぶりに得た安らぎを逃がさぬように布団を抱きしめながら寝返りを打ったその瞬間、得も言われぬ激痛が腰にびびっと走った。 「うっ、痛たたた……」  痛みに顔を歪ませて腰を撫で擦ると、肘に生温かいものがぶつかる。何の気なしに振り返るとそこには、アホ面丸出しで眠っている宮本がいるではないか。  目の前の状況が飲み込めなくて唖然としたままでいたら、目を瞑ったままの宮本が腕を伸ばし、ぎゅっと強く抱きついてきた。    しかも見るからにイヤラしい笑みを浮かべて、 「江藤さん好き……です。ムニャムニャ」  他にも何かぶつぶつ言って、肩口にすりりと顔を寄せてくる。耳元にかかる吐息がくすぐったくて、思わず顔をしかめてしまった。 (昨夜一体、何があったんだ? 思い出せ、思い出さなくては! 非常事態だぞ、おい――)  宮本に抱きしめられたままだったが何とかして記憶を取り戻そうと、若干頭痛に襲われている頭をフル回転させながら必死になって考える。    仕事を定時で終わらせ、行きつけの居酒屋で雅輝と酒を飲んだ――大学時代に自分から振ったというのに、以前と変わらぬ態度で接してくれた、器の大きさに安堵したっけ。コイツを好きになって良かった、そう思って。  心の底からほっとしたら日頃の愚痴が怒涛のように溢れまくって、ここぞとばかりに喋り倒した。そのせいで喉が渇いて、次々といろんな酒を飲んだ記憶もある。  そんな俺様の様子を心配したんだろう。もう止めとけよと告げてきたタイミングで、雅輝のスマホに着信があったよな。  話の内容から相手が宮本だと判断して、奪うようにそれを引ったくった。そしてこっちから告げた言葉をまんま無視して、コイツが口走ったのは―― 『黙れよっ! その口にうんまい棒突っ込んでやるから、じっとして待ってろ!』  鼓膜に響くような大きな声で怒鳴られ、頭にきてスマホを雅輝に投げつけたんだ。そこからの記憶が、プッツリと途絶えている。てか思い出せない。まったく……。 「結果、宮本のうんまい棒を突っ込まれたワケか……。何が一体どうなって、こんなことになったんだ」    そっと布団をめくり、躰のあちこちに付いているキスマークを呆れながら眺めてみた。腰痛の具合を考えると、それなりに回数をこなしたんだろう。酒の勢いとはいえ、なんてこったい。  相手は雅輝の弟。しかも自分の後輩なんだ、仕事がやりにくいことになるのが目に見える―― 「おはようございます、起きてたんですね」  言うなりうなじにキスをした宮本。思わず感じてしまい変な声が出かけたので唇を噛みしめ、ぐっと堪える。 「江藤さん大丈夫ですか? 俺、考えもなしに思う存分ヤッちゃって」  耳元であやしげに呟きながら、腰骨を撫で擦る。迷うことなく、その手をぎゅっと掴んだ。   (これ以上、感じてはならない。コイツは宮本なんだぞ) 「だっ、大丈夫に決まってるだろう。あれくらい、どうってことはない」  ……全然、まったく、一ミリも思い出せないけどな。 「じゃあ今から、ヤッても大丈夫ですね」   目の前の状況や告げられた言葉に頭が追いつかず固まったままでいたら、首筋を滑るように唇がすーっと降りていく。  ちょちょちょ、ちょっと待てっ! 「何しやがるっ、テメェ」  首元にある頭に目がけて思いっきり肘鉄を食らわせたら、本当にいい音がした。まともに制裁を受けた宮本は頭を抱え、ベッドの上で面白いくらいにのたうち回る。  いつもならその状態をほくそ笑みを浮かべながら眺めているところだが、今は非常事態。そんな余裕は、どこにもなかった。 「もう何するんですかっ。痛ってぇなあ」 「それはこっちのセリフだ、いきなり始めんな。こらっ」  ありったけの布団を自分に引き寄せ、慌てて躰を隠す。恥ずかしすぎんだろ、この姿……。 「今更、何を隠してるんです。俺、江藤さんの全部を見てますからね」 「ななな何、勝手に見てんだっ」  怯える自分を尻目に、宮本はやれやれと肩を竦めて見下すような笑みを唇に浮かべた。記憶さえぶっ飛んでいなかったら、こんな無様なことにはならなかっただろう。 「自分から好き好き言って迫ってきたクセに、こんな仕打ち、酷過ぎますって」  肘鉄された頭を撫でながら恨めしそうに、じと目で見つめられてもな。それよりも何だって!?    俺様が宮本を好き――? 酒の勢いで心に思ってもいないことを、口走ってしまったというのか!?  凍りついたように固まる江藤を見て、宮本が首を傾げた。 「江藤さん何なんですか、その顔。信じられねぇっていう……」    言いかけて、不審げな様子で顔を引きつらせる。 (――ヤバい、バレた!?) 「もしかして覚えていないんでしょ? 昨日のこと」  普段は鈍臭い宮本でも、異変に気がついたらしい。 「まっまさか、覚えてるに決まってるだろ。昨日は歩いておまえと帰ってだな――」  仕事が全然できないバカな後輩に尋問されているこの状況は、どう見たって屈辱過ぎる。何の罰ゲームなんだ。 「えっと、なんやかんやで宮本に告っちまって、それで勢いでヤッてしまった、みたいな……」  しどろもどろ答えていると、にやぁと不敵な笑みを頬に滲ませる。これって、いつもの立場と逆じゃないか。 「春にやった歓迎会の次の日、俺が送ったことを覚えていますかって聞いたら、全然覚えていなかったじゃないですか。あのときと同じように昨日の江藤さんはすっげー酔っ払っていて自力で歩けないから、俺が背負って帰ってきたんです。俺の背中でいきなり、好きだって言ったんですよ」  流暢に告げられる信じられない言葉の数々に、頭痛が増していった。しかも、まったく思い出せない。  思い出せないのにも関わらず、わけもなく胸が絞めつけられるような鈍い痛みがある――誰かを好きになったとき限定に表れる、嫌な現象というべきか……。  そんな見えない自分の気持ちにどうにも切なくなり、下唇を噛みしめてしまった。 「あんなに熱い夜を、ふたりで過ごしたっていうのに。マジで悔しいっ!」  驚くほどデカい声で言うものだから、ヤバいと思って身構えた一瞬の隙をついて距離をつめられた。目の前にある真剣なまなざしから、なぜだか目が離せない。いろんな意味で、ドキドキしてしまう。 「覚えてないなら、思い出させるまで……。俺を好きになってくれるまで、江藤さんを――」  佑輝くんの顔が近付いて、避ける間もなく合わされた唇。それだけじゃなく、逃げないように抱きしめられる躰――重なり合った素肌から熱が伝わってくるのを感じたら、胸のドキドキが一気に加速して痛いくらいに苦しくなる。……何なんだよ、この感情は!? 心臓が居ても立ってもいられないような落ち着かないこの感じ。  しかも今は布団ごと両腕も抱き締められているので、さっきのように攻撃ができない。というか反発ができない。躰の力がどんどん奪われていく。ほろほろと蕩けていくような―― 「っ……あっ、や……」  しかもビックリするくらいに、甘い声をあげてしまう。本当に恥ずかし過ぎる。こんなヤツにこれでもかと感じさせられた揚げ句の果てに、羞恥心をくすぐられるなんて。 (――このまま流されてしまったら、絶対にマズいだろ) 「きっ、昨日頼んだ、決算書……でっ、できてるのかっ?」  狼狽える心情をそのままに、裏返った声で告げた伝家の宝刀。この状況で利くかどうかは分からなかったが、思いきって試してみたら宮本はあからさまに動揺の表情を顔色に浮かべる。    してやったりと言わんばかりに、その瞬間を狙って蹴飛ばしてやった。ちょっとしか蹴飛ばしていないというのに、ベッドから見事に落ちていく大きな躰に笑いが止まらない。 「どういうことだよ、できていないって?」  唇に浮かんでしまう笑みをかみ殺しながら胸の前で腕を組み、ベッドから見下ろして様子を窺うと、忙しなく視線を泳がせる。    本当に困ったヤツだ。――ま、そこがいいのかもしれない……。 「そういうことです、みたいな。あはははは」  バカな後輩との関係を考えるせいで微妙な表情を浮かべた自分を見ながら、後頭部をバリバリ掻いてごまかし笑いをする。  切羽詰まった状況だというのに、ふてぶてしいというか図々しいというか。ある意味、大物なのかもしれない。 「バーロー、それじゃあ理由にならねぇだろ」 「だって江藤さんが兄貴と一緒にいるのがどうしても気になって、仕事が全然手につかなかったんですってば」    いじけながら言う宮本の頭にベッドからげんこつを一発お見舞いして、床に落ちていたワイシャツを投げつけてやる。バサリと頭からかぶった姿は、まるでオバケみたいだ。 「仕事ができなかった理由を、俺様のせいにするんじゃねぇよ。仕方ないな、まったく――」 「江藤さん?」 「これから一緒に出勤して、さっさと片付けるぞ。早く着替えろよ、コラ!!」  いろんなことに手のかかるバカだから、気になったのは確かだ。それが知らない間に、恋愛感情に移行するものだろうか?  モタモタ着替えてる宮本を見ながら、手早く着替えて玄関に向かう。 「ちょっ、早っ!」 「悔しかったら、早く追いついて来い」  しっかり捕まえてみろと言わんばかりに、手を繋いで引っ張ってやった。握り返してきた手のひらの温もりに、こっそりとほくそ笑んでしまう。  昔から変わらないコイツの温もりは、自分にとって癒しになっているんだな。 「あのさ、江藤さん」 「ん……?」 「ノルマになってる決算書、ひとりで全部仕上げることができたら……。ふたりきりのときに江藤さんのことを、正晴さんって呼んでもいい?」  デカい躰を縮こませながら、呟くように提案してきた。   (確かに何かご褒美があった方が、やる気が出るだろう。それに名前くらい、どうってことはないか) 「その代わり、ミスしたら条件はチャラだからな」 「分かったよ、正晴さん! ってゴメン、つい――」  名前くらいとは思ったが、結構くるもんだな。呼ばれた瞬間、ドキドキしてしまった。 「……江藤さん、殴らないの?」  意味なく胸元を撫で擦る江藤に、宮本は意外なものを見るように目を丸くして口を開いた。 「は?」 「いつもなら、手を出してくるトコなのにって思ってさ」    ――しまった。いつものペースを、見事に乱されているじゃないか。しっかりしろっ! 「それじゃ、遠慮なく!!」    繋いでた手を勢いよく振り解いてから、力任せに背中をたたいてやる。周囲に響き渡るくらいに、バシンといい音がした。晴れた日の布団たたきといい勝負だと思う。 「痛っ! 余計なことを言わなきゃ良かった……」  そうそう、こうでなくちゃな。涙ぐむ宮本の顔に、気分がスカッとしてしまう。  試しにこうして一緒に過ごしながら、少しずつ好きになるのも存外悪くないかもしれない。のか?

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