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愛を取り戻せ:忘れられた熱い夜
今、目の前で行われている出来事に、どう叱ってやろうかと頭を悩ませていた。
その事情を作ってしまったのが残念なことに自分自身であり、思い出したくても、まーったく形にならないくらいにあのときの記憶がない。記憶がないくせに宮本の顔を見ると胸の真ん中辺りが疼くような、何ともいえない気持ちになるんだ。
そんな微妙な心情を抱えた、教育係である先輩がぴたりと背後に立っているというのに、宮本のバカはパソコンに向かって真剣に何かを打ち込んでいた。
見るからに呪いのような、表示されている内容の数々――
◎頭を殴ってみる!
◎毒を盛ってみる!
◎襲ってみる!
◎あの日のことを丁寧に説明して、何とか思い出してもらう!
「おい、宮本……。仕事中だというのに、何を書いてるんだ?」
低い声で唸りながら言うと一瞬肩をビクつかせ、怖々といった様子で後ろを振り返る。その顔は明らかに、「ゲーッ、どうしてここにいる!?」と書いてあった。
せっかく決算書をひとりで仕上げることができたら名前で呼んでもいいという、ありがた迷惑な権利までつけてやったというのに、それすらも反故にしてしまうくらい、コイツの仕事のできなさは最悪と化していた。
正直なところ、こんなバカなヤツと一夜をともにしてしまったなんて、恥以外の何者でもない。
「相変わらず俺様に対する襲撃計画みたいだが、仕事が終わってからそういうのを考えろよ」
「いや、これはちょっと……」
ズバリと指摘してやったら下唇を噛みしめ、つらそうな表情で俯く。
自分の記憶がないせいでこんな顔をさせてしまうことに、ちくっと胸が痛んだ。ほんの少しだけど。
「仕事の時間くらい、頼まれたことをきっちりこなしてくれよ。俺様の手を煩わせるな!」
言いながら持っていたファイルの角を使って、コツンと頭をたたいた。
「……分かりました江藤、先輩。すんません」
(――む、キツく言いすぎたか?)
しょんぼりしている宮本の頭を、思わず無造作に撫でてしまった。宥めるというよりも自分の中にある、やる気を与えている感じ。それがうまく伝わってくれたらいいのだが。
「え――?」
「頑張れよ。いい加減におまえの本気を見せてみろ!」
適当なことを言って踵を返した背中に、宮本が笑ったような感じが何となく伝わってくる。
昔からそう――コイツはやればできるコなんだ。ぜひとも頑張って成長して欲しいと、先輩として切に願っている。ただ、それだけ――
内心笑いながらデスクに戻り、自分の仕事を再開しようとパソコンの画面を見た瞬間だった。
「おーい、江藤。今週の金曜、空けておいてくれよ。例のお見合いのセッティングをしておいたから!」
電話を片手に、安田課長が大きな声で言い放った。その内容にざわつくフロア。
浮き足立ったような雰囲気の中で、宮本が勢いよく立ち上がった。あまりの勢いに椅子が床に倒れ、その物音に皆が注目する。そんな大勢からの視線をまるっと無視して今にも泣き出しそうな表情で、こっちを食い入るように見つめてきた。
(――何でそんな顔をしやがるんだ、あのバカは……)
宮本の視線を振りきるように首を動かし、課長のいるデスク近辺を眺めた。
「分かりました、空けておきますね」
左手を左右に振りながら、分かりやすいように合図する。
自分の気持ちがどうこうなる前に、この話は決まっていたことだった。
「ついに江藤さん、年貢の納め時!?」
「イケメンだけどあの性格だし、ちょっとねー。お見合いも、どうなることやら……」
ざわめくフロアのひそひそ話が、しっかりと耳に入る。それぞれ好き勝手なことを言いやがって。
「……江藤、さん」
その中で宮本の悲しげな声だけが、胸に染み入るように響いたのはなぜだろう。
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