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愛を取り戻せ②:お見合いをぶち壊したい2
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「かんぱーい! お疲れ~。まったく宮本ってばやればできるのに、どうしてやらないんだか」
行きつけの居酒屋でジョッキを鳴らして乾杯した。
自棄酒気味の宮本は、迷うことなくジョッキの中身を一気飲みする。喉を駆け抜ける生ビールの爽快感が気持ち良くて、ぷはーっなんて声が出てしまった。
「すんませーん! 生おかわり! 渡辺も遠慮せずに飲め。ここは俺がおごっちゃる!」
上機嫌で言ったら渡辺はゴチになりますと満面の笑みで元気よく返事し、おいしそうにぐびぐびっとビールを飲み干した。
「会社から出た瞬間に元気ハツラツになるのは、やっぱり江藤先輩のせいか?」
「もう、どうして渡辺は食事中にいつもいつも、アイツの話題を出すんだよ。せっかくのビールがまずくなるじゃないか」
江藤を話題に出されたせいでちょっとだけ不機嫌になる宮本を、不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げて見つめる。
「宮本って、一人っ子だっけ?」
「いや。兄貴がひとりいるけど、なに?」
「んー、俺が受けたイメージが一人っ子だったんだ。大事に育てられた、お坊ちゃんって感じに見えるから。鈍くさい感じとか要領の悪いトコなんか、まんま一人っ子じゃね?」
「一人っ子って、何か損なイメージなのな。しかもお坊ちゃんじゃないのに、反論できない俺って一体……」
運ばれてきた熱々の鳥串をはぐはぐ頬張りながら、顔を引きつらせてしまった。
「んー……。できの悪い弟をお兄ちゃんがフォローしまくった結果、現在の宮本を作ってしまったのか。なるほどなー」
ひとり納得したように頷くと、同じように鳥串を食べる渡辺。
「兄貴はほとんど、何もしてくれなかったよ。むしろ――」
「んー?」
「いや、何でもない」
むしろフォローしてくれたのは他でもない、お節介焼きの江藤だった。
ことあるごとに俺様風を吹かし、ぶつぶつ文句を言いながらもしっかり手を出してくれた学生時代――もしかして今のできの悪さは、あの人が作ったものなのか!?
「あー、噂をすれば何とやらだ」
渡辺が顎でそれを示した先を振り返ると、暖簾をくぐった兄貴と江藤が仲良く並んで入ってきた。
目が合った瞬間、江藤は眉間に深いシワを寄せる。あからさますぎる不機嫌な表情に、こっちまで不快感が増してしまった。
「あれ佑輝、早く仕事が終わったのか?」
テーブル席にいるふたりの顔を見やり、まったく動じた様子を見せずに兄貴が訊ねてきた。
微妙に睨み合ってる江藤と自分から漂っている空気を、あえて読んでいないのだろうか。渡辺は居心地悪そうに、もじもじしているというのに。
「うん、ちょい前に来たとこなんだ。コイツは同期の渡辺。さっき話題に出た、しっかり者の兄貴だよ」
さっさと自己紹介すると、お互いどーもと頭を下げる。
その間中、江藤はしかめっ面のまま目の前のやり取りをじっと眺めていた。
兄貴と一緒ってことは、何かナイショ話でもするんだろうか? もしかしてお見合いのことを含めつつ、これまでのいきさつを報告するのかもしれない。
――酔っ払った揚げ句に全部忘れちゃったぜ、みたいな……
一気にテンションの下がった宮本と機嫌の悪い江藤を横目で見てから、奥の空いてる席にさっさと移動した兄貴。
いらない空気を、今頃わざわざ読んで行動してくれるなんて。普段ガサツなクセにな。
一口ビールを飲むと苦さが口の中に染み渡る。さっきまではおいしく感じられたというのに、どうしてなんだろう。
「あーあ、せっかく宮本の兄貴と飲んでみたかったのに、江藤さんがあの状態じゃ無理だもんなぁ」
「何だよ、それ」
「だってさ、第三者目線から見た宮本の話を聞いてみたいじゃん。てか宮本の兄貴が江藤さんとも知り合いだったのが、結構驚きの事実なんだけど」
もぐもぐとおいしそうに、鳥串を食べながら聞いてくる。言われてみたら確かにそうだよな。
「兄貴と江藤さん、大学の同期なんだ。その関係で俺も知ってるんだけど」
「へぇ、昔からの知り合いが会社にいるって、何だかすげーな。まるで運命って感じ?」
「運命か……。もう俺ってば、今も昔もあの人に怒られ続ける運命だったってか?」
ややふざけ気味に告げてみると待っていましたと言わんばかりに、テーブルを両手を使ってバシバシたたく。
「あはは!! 宮本ってば、ずっと怒られてるのか。どんだけ江藤先輩に構ってほしいんだか」
もしかしてドMなのかと、大笑いながら告げる。
渡辺は興奮が収まらないのかテーブルをたたいていた手を、宮本の肩が痛くなるくらいにたたいた。
はしゃぐ友人に眉をひそめて、そんなんじゃねぇよと呟く。
「昔からソリが合わなかったんだ。ただ、それだけだし……」
(奥でふたりは、何を喋ってるんだろう?)
襖で仕切られた個室に入っちゃったから、表情はおろか声すら聞くことができなくて、すっげー気になった。
昔の恋人である兄貴に、何の話をしてるんだよ。アンタさえあの夜のことをしっかりと覚えていてくれたら、今頃恋人同士だったんだぜ。
「あのさ、ぶっちゃけ宮本は、江藤先輩のことが好きなんだろ?」
渡辺は食べ終えた竹串を指揮棒のようにリズミカルに振ってから、不意に宮本の胸元を指す。
「何だよ、唐突に」
「ちみの胸の中に、江藤先輩がいるような気がするんだ。ここに来たときと今とじゃ、態度が180度違うしさ」
「だってよ、せっかく仕事から解放されたのにあの人の顔を見たら、会社で叱られたことを思い出すじゃないか」
ごまかすように、ぐびぐびとビールを一気飲みした。
「じゃあ聞くけどお見合いの話が出た瞬間、どうして立ち上がった? そこまで驚くことでもなかったんじゃない?」
「それは……その、俺なりにビックリしただけだし」
「さっきおまえの兄貴と店に一緒に入ってきた江藤先輩の顔さ、すっごく楽しそうだったんだよ。なのに宮本を見た途端に不機嫌丸出しになるのって、絶対に何かあるんだろうなと思わずにはいられなかったんだ」
……そうか。すっごく楽しそうだったんだ、江藤さん――
胸の奥がちくりと痛んでしまい、まぶたを伏せて渡辺から視線を外した。
「渡辺が考えてるような、そんな関係じゃないんだ。喧嘩仲間っていうか、もうひとりの兄貴っていうか」
そう、あの夜のことを覚えてるのは自分だけ。だからこんな表現しかできないのも、しょうがないんだ。
「悪いけど、もうお開きにしていいか? 一気飲みしすぎて気分悪くなっちゃった」
渡辺の追及や江藤と同じ空間にいることが堪らなくなり、つらすぎて居られなくなってしまった。
「ああ悪いな、こっちこそ。ご馳走様でした……」
この夜は何事もなく終わったのだが――次の日兄貴から、アプリ経由のメッセージが着た。
『江藤ちんについて、いろいろ聞きたいことがある。仕事が終わる時間を教えてくれ』
という簡潔な文章が書かれていた。
(兄貴のヤツ、この間のようにデコトラで迎えに来る気だろうな)
話を聞いてもらうべく残業しないようにと、宮本はしっかり仕事に勤しんだのだった。
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